全羅北道(金堤市 )

望海寺は、進鳳山の峠を越えて削られたようにそびえ立つ奇岩怪石の断崖の上で、果てしなく広がる海を見下ろせるために「望海寺」と名づけられました。万頃江の下流の西海に接し、遠くの古群山の列島を見える場所にある望海寺は、長い歴史に相応しいとはいえない規模が小ぶりな寺院です。ここは642年(百済時代)に浮雪居士(三国時代に金堤で活動していた僧侶)が創建し修道したのが始まりですが、そのうちに境内が崩れ海に沈んでしまいました。しかし1589年(朝鮮時代)に震默大師(朝鮮後期の金堤出身の僧侶)が望海寺の楽西殿(全羅北道文化財資料第128号)を再建しました。「ㄱ」の文字の形をした建物の前のでっぱり部分には板の間が敷かれ、その後ろには近年に作られた鐘が掛けられています。


全羅南道(長興郡 )

チャンスプンデンイ(カブトムシ)村は、長興(チャンフン)ダムの上流に位置する自然豊かな村で、シイタケ栽培を主な収入源としています。キノコ学習場、生態体験場、カブトムシ飼育場などの施設があり、子どもや青少年の教育の場としても活用されています。 農地面積:82.3ha 山林面積:31.5ha


慶尚南道(固城郡 )

太白山脈の最南端に位置する蓮花山(ヨンファサン)は景色が秀麗で見どころがたくさんあり、1983年に道立公園(トリプコンウォン)に指定されました。蓮花山という名前は山が蓮の花の形をしていることに由来しており、玉泉寺(オクチョンサ)、蓮台庵、白蓮庵、青蓮庵などの寺刹と文化財があります。中でも玉泉寺は676年に建立された華厳宗10代寺刹の1つで、年中を通じて一定の水量と水温を保つ玉泉があることでも有名です。マツタケとイチゴは蓮花山の特産物となっています。


江原道(三陟市)

剣峰山(コムボンサン)は、山の稜線が壮麗で、特にマウンテンバイクマニアたちには絶好のサイクリングロードとなっています。 剣峰山の頂上からは東には海が見え、南には應峰山(998.5m)が、西には四金山が見えます。また、臨院海水浴場までは車で5~10分と近いため、夏は山と海の両方を楽しんでみるのも良いでしょう。


江原道(鉄原郡)

江原道鉄原郡(チョロングン)葛末邑(カルマルウプ)にある「三釜淵(サムプヨン)瀑布」は高さ20mを誇る滝です。1年を通じて水が枯れることがなく周辺には特異な形をした岩が自然景観とあいまり神秘さを与えています。特に滝の水が流れ落ちる所が3ヵ所ありますがその様子がまさにご飯を食べる時に昔、使った釜の形に似ていることが特徴で、三釜淵の名称もそこから由来しています。 この滝には昔、龍が空へ昇ったという伝説があり、近くには「龍華洞」という地名のところもあります。周辺に食堂や売店など便宜施設がないため環境はきれいなまま保たれています。 また1km圏内のところには、その昔キツネを弓矢で射て仕留めたある父親が息子の結婚相手に迎えようとした嫁が実はキツネだったという伝説が残る「ヨウコル(キツネ谷)」村という所があり、合わせて観光することをおすすめします。 三釜淵瀑布へのアクセスは、ソウルから新鉄原へ向う直行バスを利用、新鉄原里で下車、鉄原郡庁を通ってかなり歩かねばならないため、バス下車後はタクシーの利用が便利です。(タクシーで約10~15分程度) 問合せ: 鉄原郡庁 +82-33-450-5365


全羅北道(高敞郡 )

九市浦海水(クシポ・ヘス)ワールドには砂チムジルバンや緑茶風呂など様々なチムジルバンがあります。こちらでは、海水を熱し、身体に良い成分を入れて全身を温める「海水薬チム 」を体験することが出来ます。「海水薬チム」は、神経痛や関節炎、成人病に効果があることで知られています。また、肌の老廃物を取り除いてくれるため、美容にも効果的です。


全羅南道(珍島郡 )

全羅南道珍道にある長田美術館は、書道家の長田ハ・ナムホが2003年に建てた美術館です。地上3階建ての建物で、合計5つの展示館に韓国画、西洋画、書道、彫刻など各分野の作品が展示されています。 ここに展示されている作品は、ハ・ナムホが所蔵してきた作品で、合計約350点を越える韓国の作故作家と元老作家、現代作家たちの国宝級の美術品たちと高麗青磁、李朝白磁など、様々なテーマ別に展示されており、観る者に感動を与えてくれます。 「南辰」と言う美術館の名前は、ハ・ナムホの名前の真ん中の文字「南」と夫人の名前「辰」を合わせてつけられたと言います。 美術館の横にある山には、松林があり周辺の渓谷の美しい水が、美術館と相まって美しい景観を作り上げています。 毎週月曜日は休館日。観覧時間は午前10時~午後18時。


江原道(原州市)

原州駅は交通や生活の中心地である原州市内にあり、雉岳山国立公園や慶尚北道北部、江原道太白市方面の旅行客が主に利用しています。1940年4月に営業が開始され、ここの地名から駅名が付けられました。