洛東江 擎天台
 
慶尚北道(尚州市 ) ,
洛東江 擎天台擎天台(ギョンチョンデ)は、岩の絶壁と古い松の木が絶景を織り成しているところで、「天が自ら舞い降りてきた場所」という意味を込めて「自天台」とも呼ばれていたほどです。しかし、朝鮮時代の学者である蔡得沂が「大明天地 崇禎日月」という文字を刻んで以来、現在の擎天台と呼ばれるようになりました。蔡得沂がこの地に建てた亭子(あずまや)である舞雩亭が岩の絶壁の上に建っています。擎天台内には、展望台や人工滝、擎天台子どもランド、キャンプ場などがあります。擎天台の入口から坂を越えて洛東江の川沿いに出ると、その道沿いに食堂や売店が並んでいます。何よりも擎天台の絶壁の上から見下ろす洛東江の風景が壮観です。擎天台にまつわる逸話 擎天台は、祈雨祭を行う場所としても利用されたと言われており、朝鮮時代の将軍 鄭起龍はこの地で空から舞い降りてくる龍馬を得たという伝説もあります。鄭起龍が岩を砕いて馬の飼い葉桶として使ったとされる遺物も残されています。尚州はソンビ(昔の学者)たちの会合場所であったことでも知られており、彼らもよく擎天台を訪れたと言われています。擎天台にある展望台からは遠くに主屹山(1106メートル)と鶴駕山、洛東江と白華山などを眺めることができます。展望台へと上がって行く登山路は松の森道となっており、山林浴を楽しむのにもぴったりです。また、周辺には慶尚北道記念物第25号に指定されている伝沙伐王陵と伝古寧伽倻王陵(慶尚北道記念物第26号)、忠義祠など文化財も多くあります。

徳裕山国立公園
 
慶尚南道(居昌郡 ) ,
1975年に国立公園に指定された徳裕山国立公園(トギュサン・クンニプコンウォン: 1,614メートル)は全羅北道、慶尚南道の2道4郡に渡る広大な公園。1,614メートルの北徳裕山のヒャンジョク峰から1,507メートルの南徳裕山に至る稜線はその長さが17.5キロに達し、高度もまた1,200メートル以上ある他、海抜1,330メートル以上の峰が5つ、大きな渓谷も8つあり、巨大な規模となっています。徳裕山のすばらしい自然景観や寺院や文化財、スキー場などもある他、韓国の10大観光エリアの一つとされる茂朱(ムジュ)九千洞(クチョンドン)は羅済通門から白蓮寺に至る25キロの渓谷一帯を指し、特に九天洞33景が有名。また海抜900メートルの高地に位置する白蓮寺は九天洞渓谷のただ一つの寺刹で、高麗時代に製作されたという三尊石仏が有名で、壬辰倭乱(文禄の役1592-1598)を前後して歴代の高僧たちを数多く輩出した寺としても知られています。四季折々の美しさを誇る徳裕山には約600種の動物と約250種の植物群が分布しており、珍しい朱木(アララギ)の木が群れをなす独特の景色を楽しむこともできます。

白竜洞窟
 
江原道(平昌郡)
白竜洞窟(ペンニョンドングル)は江原道平昌郡美灘面馬河里に位置しており、全長1.8kmに達する天然石灰洞窟で、川の水面から約10~15m上の地点に入口があります。洞窟の入口周辺には素晴らしい景観を誇る奇岩絶壁があり、昔は洞窟には船でしか接近できませんでした。白竜洞窟は古くから村の住民にはよく知られており、洞窟入口付近に焚き口やオンドルの痕跡があったり、その周囲で土器などが出土したりしたことから、古代から住居として利用されていたものと推定されています。1976年には洞窟のメイン通路の中間にあった握りこぶし大の細い通路が住民によって拡張され、全区間の調査が可能になったことで白竜洞窟内部の景観や学術的価値が学者に知られるようになりました。白竜洞窟の名は、この洞窟を抱く白雲山の「白」と、発見者の名前の最後の字の「竜」とを合わせて付けられたもので、1979年に天然記念物第260号に指定されました。

扶安 お猿の学校 自然史博物館
 
全羅北道(扶安郡 ) ,
日本の日光猿軍団の協力のもと、韓国初のお猿の学校は開校しました。31匹の個性あるお猿さんたちが、逆立ちで自転車に乗るなどの妙技を見せたり、コントを繰り広げ、関心と笑いを誘います。お猿の学校以外にも、たくさんのワニがいるワニ動物園、さまざまな種類の化石が見られる自然史博物館、自然学習館がひとところにあるため、子どもと一緒に自然観察するにも最適なところです。

順天市立プリキップンナム博物館
 
全羅南道(順天市 ) ,
楽安邑城の近隣に位置する順天市立プリキップンナム博物館は故韓彰琪(1936~1997)が生前に集めた遺品を展示しています。青銅器時代から光復以降までの多様な遺品が展示され「純粋な韓国」文化をよく理解することが出来る博物館です。 故韓彰琪は生前に韓国の古くなった物と粗雑な物から文化を創造しようとしました。何の値打ちもなくぞんざいに扱われていた物が現在では文化的価値がある遺産になり、祖先の暮らしをうかがえる資料として再誕生しました。

俛仰亭
 
全羅南道(潭陽郡 ) ,
全羅南道記念物第6号に指定されたあずまや「俛仰亭」は全羅南道潭陽郡、鳳山面斎月里斎峯山のふもとに位置しています。1533年に宗純(1493~1583)が建てたもので、李滉(イファン)(1501~1570)をはじめ多くの学者や文人が学問について討論した場所とも言われています。丘の上に建てられており、木造の瓦屋根で側面と左右に床が敷かれ、中央には部屋が配置されています。もとは糊や葦で屋根が作られ、雨風をやっと防ぐ程度のものでしたが、現在の姿は何度か補修されたものとなっています。俛仰亭の後ろには遠くまで続く山脈を望むことができ、丘の下に広がる広い垣がひと目で見渡せます。宋純はこの場を詩文活動の産室として造り、中には当時の有名な学者や詩人たちの詩編が刻まれたものが掛けられています。

高山自然休養林
 
全羅北道(完州郡) ,
高山面五山里にある高山自然休養林は、山林浴が楽しめる家族休養地として注目されています。春にはツツジやヤマザクラなどの花が満開になり、夏には青々とした森と渓谷を流れる清らかで冷たい水が暑さを忘れさせてくれます。また、秋に山を真っ赤に染める紅葉はまさに圧巻で、冬の雪景色も見逃せません。

向日庵
 
全羅南道(麗水市 ) ,
向日庵(ヒャンイラム 文化財資料 第40号)は4大観音祈祷所の一つで、644年百済の義慈王4年に新羅の元暁大師が創建し円通庵(ウォントンアム)と名づけたのがはじまりです。その後、高麗時代の光宗9年(958年)にユンピル大師が金鰲庵(クモアム)、朝鮮時代の粛宗41年(1715年)にインムク大師が向日庵と改称しました。大雄殿、三聖閣、観音殿、龍王殿、鐘閣、海水観音像を復元・新築し、寺院としての基本的な施設を備えていましたが、2009年12月20日の火災により大雄殿、宗務所(霊亀庵)、鐘閣が消失してしまいました。しかし、消失したこれらも2012年5月6日に復元されました。向日庵への山道はやや険しく、中間地点にある券売所を通り過ぎると階段と平坦な道をぐるぐる回りながら上へと登っていく道が続いています。 また寺の付近では、家ほどの大きさの2つの岩によりできた石の門を通過することになりますが、ここは他の寺でいうところの不二門にあたります。南海の水平線に見える日の出が大変すばらしいことから向日庵と呼ばれていますが、周囲の岩の形が亀の甲羅のように見えることから霊亀岩とも呼ばれています。