浦項空港
 
慶尚北道(浦項市 ) ,
慶尚北道浦項市南区東海面都邱里に位置する浦項空港は、浦項市庁から11.5キロメートル、ポスコから九龍浦方向に5キロメートルほど離れたところにあります。2002年6月、それまで手狭だったターミナルビルを改装し、広い駐車場やさまざまな付帯施設を取り揃えました。 クレジットカード  使用可能 施設案内  1階:観光案内所、浦項市広報館、レンタカー、ATM、スナックコーナー 駐車場  あり トイレ  あり  

華陽渓谷(華陽洞渓谷)(화양구곡
 
忠清北道(槐山郡 ) ,
1975年俗離山国立公園にある清州から東に32キロ離れたところにある渓谷。華陽渓谷(ファヤン・ケゴク)は仙遊洞渓谷と7キロ程はなれており、青い山と澄んだ水を同時に楽しめる観光地です。渓谷に立つとまず見える雲影潭、そのすぐ横にある拏天壁、朝鮮時代の政治家・儒学者であった宋時烈が孝宗の死を悼んで泣いたという泣弓岩、宋時烈が詩を詠じしたためたという岩摟斉と金沙潭、星を観察したという瞻星台と高く聳え立っているヌンウンデ、竜がうねっているように見える臥竜岩など、様々な形をした岩々も見所です。

慶州 骨窟庵 磨崖如來坐像
 
慶尚北道(慶州市 ) ,
祗林寺の谷間にある骨窟庵には、高い岩壁の自然洞窟を使った12つの石窟があり、磨崖如來坐像はその中でも最上部にある磨崖仏です。朝鮮時代の画家、謙斎・鄭歚(キョムジェ・チョン・ソン:謙斎は号)が描いた骨窟石窟には木造前室も描写されましたが、現在はうっすらとその跡だけが残っています。磨崖仏頭部は常套(昔韓国の結婚した男の結い上げた髷)の形をした頭と、はっきりとした輪郭、顔には細い目、小さな口、細長い鼻などそれまで作られていた仏像の形式とは少し異なる独特の姿をみることができます。立体感が目立った顔に比べて身体は平面的に表現されていましたが、現在は首と胸の上の部分が劣化などにより一部損傷しています。服のしわは主に規則的な平行線で描かれ、脇の間には腕と体の屈曲を表示したV字型の模様があります。このような特徴は867年に造成された鷲棲寺毘盧舎那仏坐像(国宝第995号)と類似しているため統一新羅時代後期に造成されたものと推定されています。 管理者  慶州市 指定現況  国宝第581号(1974年12月30日指定) • For more info: Golgulsa Temple: +82-54-744-1689, +82-54-745-0246,  Gyeongju-si Office: +82-54-779-6109 Tourism Information Center: +82-54-772-3843 骨窟寺 http://www.golgulsa.com (日本語あり) 慶州文化観光ホームページ http://guide.gyeongju.go.kr/(日本語) 文化財庁 http://www.cha.go.kr (日本語)  

務安 回山白蓮池
 
全羅南道(務安郡 ) ,
*東洋最大の白蓮自生地、務安回山白蓮池 * 務安(ムアン)回山(フェサン)白蓮池(ペンニョンチ)は全羅南道(チョルラナムド)務安郡(ムアングン)一老邑(イルロウプ)伏龍里(プギョンニ)にあります。 総面積およそ33万平方メートルに達する回山白蓮池は東洋最大の白蓮自生地として有名です。日帝強占期に農業用水確保のため近隣の住民が血と汗を流し築造したといわれています。しかし現在では栄山江(ヨンサンガン)総合開発計画により農業用水を他の場所から確保できるようになり、白蓮池は本来の農業用水供給の目的としては使われなくなりました。 ありふれた池に過ぎなかったこの池ですが、いまや韓国一の白蓮自生地になったのには故チョン・スドン氏の功績が大きかったと言われています。チョン・スドン氏は韓国戦争(1950~53年・休戦)直後の1955年の夏のある日、子どもたちが見つけた蓮の根12株をこの貯水池の隅に植えました。その前日の晩、偶然、夢の中で空から12羽の鶴が貯水池に舞い降りる光景を見たことを思い出し同じ12が取り持つ数奇な縁があるのではないかと思い、それからというもの熱心に心血注いで白蓮の世話をしたといいます。小さなひとりの偉大な力がこの韓国一の生態公園を誕生させたのです。   * 白蓮地への旅は8月がおすすめ * 務安回山白蓮池の白蓮の花は毎年7月から9月まで咲き誇ります。白蓮の花が満開となる8月には1997年から続く蓮花祭りが毎年開催されています。 蓮花祭りの会場へ向う道のそばにはおよそ9,000平方メートルの広さの水生植物自然学習場もあります。ここには赤い花が印象的な紅蓮をはじめ、オニバス(鬼蓮)、ネムロコウホネ(根室河骨)、スイレン(睡蓮)、 ガガブタ、アサザ、ジュンサイ、ミズアオイ、ミズヒナゲシ、ボタンウキクサなど韓国に自生するさまざまな水生植物を観察できます。また最近では絶滅危惧種の植物であるオニバスが群生していることも明らかになりました。 * 仏教徒が蓮の花を大切に思う訳 * 蓮の花の原産はインドです。韓国にはどのような経路で流入したのかは定かではありませんが、韓国では古の昔から栽培されてきました。 しかし韓国の蓮の花の大部分は真っ赤な花をつける紅蓮で、白蓮はあまり見かけることはありません。ましてやここ務安回山白蓮地のように水面一面に白蓮で覆われる池は他ではなかなかお目にかかれません。 蓮の花は淀んだ泥水の池でも華麗で香り漂う花をつけます。仏教では蓮の花のこのような姿が仏教の教えの根本であるとして仏教を象徴する花となっています。蓮の花を曼陀羅花と呼ぶのもここに訳があるのです。  

黄龍寺
 
忠清南道() ,
黄龍寺(ファンニョンサ)は韓国仏教の太古宗に属する寺院で、創建については正確に知られていません。朝鮮中期の党争を避け、都落ちした黄喜(1363~1462年)の子孫が国の太平聖代と家門の繁昌を祈るための願刹として創建したと伝えられています。その後、黄喜の子孫が代々寺院を続けてきましたが、ある時期から頹落して廃墟となったとされています。

ミンドゥン山(江原)
 
江原道(旌善郡)
江原道、旌善郡に位置するミンドゥン山は、高さ1,118.8mで頂上に登ると木一本見えない、一面をススキで覆われたススキの山です。ミンドゥン山がこのように木がなくススキが多いのは、山菜がたくさん生えるように毎年一回野焼きを行っていたからだといいます。10月中旬になると20万坪以上に及ぶ頂上付近一帯は見渡す限りのススキに覆われ、人の身長よりも大きいススキの中を迷路のように進む登山路は他にはない隠れた名所です。ススキは秋に入る9月頃から咲き始め10月から11月中旬までが一番きれいな時期。ミンドゥン山では毎年10月に「ススキ祭り」が開かれます。

蔚山文化芸術会館
 
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蔚山文化芸術会館は蔚山広域市の代表的なホールで、様々なジャンルの公演が行える多目的ホールとして設計され、大劇場、小劇場、野外劇場、展示場の施設があります。また、便宜施設にはレストラン、プレイルームがあります。1995年10月5日オープン。

済州トキ島の文珠蘭自生地
 
済州道(済州市 )
文珠蘭の自生地は済州市旧左邑下道里の海岸から50mほど離れた所にあるトキ島にあります。文珠蘭は年間の平均温度が15度、最低気温が-3.5度以上の環境で育ち、花は白で7~9月に咲きます。花は夜に満開になり、香りが強いです。

光陵[ユネスコ世界文化遺産]
 
京畿道(南楊州市)
京畿道南楊州市榛接邑富平里にある光陵(クァンヌン)は朝鮮第7代世祖(1417-1468、在位期間:1455-1468)とその妃、 貞喜王后(1418-1483)尹氏の陵です。 光陵は王と王妃をそれぞれ別に奉安しました。左の封墳が世祖の陵で、右の封墳が貞喜王后の陵です。二つの稜の中間地点に一つの丁字閣を立てる形式で造られました。世祖は世宗と昭憲王后の間に生まれました。文宗が死に幼い甥の端宗が王位につくと1453年、癸酉靖難(政権を奪い取る目的で反対派を厳しく取り締まった事件)を起こし朝鮮7代王に即位しました。光陵周囲にはさまざまな生物の自生する森が形成されており、山林庁の研究機関が管理を行い、樹木園を造成しました。光陵は天然記念物第11号に指定されているキタタキの生息地として有名です。また、稜の周辺の森はチョウセンマツやモミ、マツ等の老木が広がり、ドライブコースとしても知られています。

太平踊専修館
 
京畿道(安城市)
 太平踊(テピョンム)専修館は伝統舞踊に人生をかけてきたカン・ソニョン氏によって、伝統文化に関する正しい伝承と保存を目的につくられた文化空間です。才能のある踊り手たちの発掘と養成、開放化された舞台を提供するため、1998年に彼の地元である安城に自らの財産を費やし完成されました。 太平踊 (重要無形文化財 第92号)  太平踊は国の平安と太平の御世を称える思いを踊りで表現した宮中舞踊で、京畿道のムーダンが行う祭祀のなかで行われた巫俗音楽と巫俗踊りを1900年代の名舞踊家であったハン・ソンジュンが再構成し、華麗で雄大な衣装とともに神業とも言える体使いに足の動きが引き立って見えるのが大きな特徴です。  太平踊専修館では、舞踊芸術の底辺拡大と伝統芸術の正しい教育のため全国の舞踊家たちを対象にした太平踊の講習会や、毎週行われる「土曜伝統舞踊常設舞台」を通して観光客や市民を対象に韓国の伝統芸術の大衆化を図っています。また、韓国固有の踊りを保存し、優れた人材の発掘のための「伝統舞踊競演大会」も毎年開催しています。