江原道(華川郡)

「破虜湖(パロホ)韓屋ペンション」は、華川ヤマメ祭りが開かれる華川川まで2キロメートル、華川丸木舟祭りが開かれるプンオ島まで3.5キロメートルと華川を代表する2つの祭りに行くのにも便利な立地です。また、ペンションから2.5キロメートル離れた華川公営バスターミナルでのピックアップサービスも可能です。 破虜湖韓屋ペンションは6つの客室を備え、書道を専攻した運営者の作品がインテリアとして使われているのが印象的です。また、すべての客室には小さな黄土部屋があります。その他、北漢江が見える屋外テラスでバーベキューパーティーを楽しんだり、伝統茶屋で伝統茶を味わい、ゆったりと時間を過ごすことができます。


忠清南道(舒川郡 )

韓山素麯酒(ハンサン・ソゴクチュ)は忠清南道(チュンチョンナムド)舒川郡(ソチョングン)韓山面で醸造・生産されるおよそ1500年あまりの伝統を受け継いでいる韓国伝統酒です。 素麯酒という名称ですが、麹を細かく砕き醸造する酒ということから、別名・小麹酒(ソグクチュ)とも呼ばれています。味の深み、そして香りが大変素晴らしく、一度口につければその場を離れられないほどのおいしさということで、又の名を座客酒(アンジュンペンイスル)とも言われています。 素麯酒は元々、百済時代の宮中で飲まれた酒で、百済が滅亡した後、百済の遺民らがその憂さを晴らすために、韓山面乾止山(コンジサン)の周留城(チュリュソン)に集結、百済の宮中酒であった素麯酒を作り、飲んだと伝えられています。それ以来、韓山地域が素麯酒の発祥となり、韓山素麯酒と称されるようになりました。 この他、『醸酒方』、『東国歳時記』、『閨閤叢書』、『飲食知味方』、『林園十六志』などさまざまな飲食に関連した文献に記録されている酒としても有名です。


忠清北道(沃川郡 )

忠北沃川郡沃川邑下桂里は、「郷愁」で広く知られる詩人・鄭芝溶が生まれ育った故郷です。鄭芝溶の生家横には鄭芝溶の生涯と文学を理解し、観賞できるよう、鄭芝溶文学館が建てられています。文学展示室には、テーマ別に鄭芝溶の文学に触れられるよう、各種作品などが展示されています。


済州道(済州市 )

1916年10月に無人の灯台として初めて点灯された山地灯台は1917年3月に有人灯台に変更され、1999年12月に現在の形に新しく灯塔を新設しました。山地灯台の灯塔は白色円形コンクリート構造で高さは18メートルです。2002年12月に国内技術で開発した高光力回転式大型照明機に取り替えられて15秒に1回ずつ光り、その光は48m先まで届きます。山地灯台周辺は広い海とサラ峰が広がっている景観の美しい場所で都心からも近いので幼稚園生から高校生まで、灯台探訪を兼ねた体験学習上として脚光を浴びており、灯台としての役割だけではなく、観光資源としても重要な役割をしています。 * 最初の点灯日:1916年10月 * 構造:白色円形コンクリート造り(18m) * 灯質:閃白光15秒1閃光 (FIW15s) * 特徴:済州島の関門である済州港 の後方にあるサラ峰の中腹に設置されている灯台で済州北部の』沿岸を航海する船舶の指標の役割をしています。宿泊施設があり、体験学習場として人気が高く、年中利用客の足が途絶えません。


慶尚南道(統営市 )

市民文化会館は近接する南望山彫刻公園とも良く調和を成しており、各種公演や展示を通して優れた作品を共有すると共に、地域の文化芸術に携わる人々と市民たちに創作の空間を提供することをもって、名実共に文化と芸術の場としての地位を確固たるものとしている多目的文化空間です。


慶尚北道(清道郡 )

清道プロバンスの新しい光祭りは童話に登場する村を素材に、世界でひとつしかないピョルピッ童話村です。子ども達は魅力的な童話の世界を体験することができ、大人は幼い頃に接した懐かしい童話の世界を伝えます。


仁川(江華郡) , 江華島

丘の上の白い家ペンション(オンドグィエハヤンチブペンション)山と海が絶妙の調和を成したカフェ型ペンションで、ペンションから見下ろす海の全景と 日暮れの夕焼けが絶景を成します。 会社及び団体 MTにぴったりです。


慶尚南道(密陽市 )

密陽市立博物館は洛東江流域の文化を集大成して効率的に保存、展示しているのはもちろんのこと、郷土資料の収集、調査、研究、整理などを通して歴史と文化芸術に関する考証など中心的役割を行っており、さらに市民達に広く公開して文化向上および社会教育の貢献のために設立されました。博物館は常設1展示室、常設2展示室、企画展示室に分かれていて、密陽地域の歴史を知ることが出来ます。主な所蔵品としては密陽12景図、龍潭翠叫亭雜詠、 金弘道の「船遊図」、張承業の「花鳥図」などの書画類と李芳仲墓出土の名器や磁器、青銅器などの陶磁器類、更には密陽地域で出土したものなど、全39種4,835点があります。また、密陽市立博物館には洛東江の文化遺跡以外に化石展示館、密陽独立運動記念館があり、また違った楽しみと見所があります。化石展示館は密陽市立博物館内にあり、古生代・中生代などの全世界に分布している主要化石(恐竜、魚類など)244点が展示されています。密陽独立運動記念館は独立義烈団の団長だった金元鳳と尹世胄など密陽出身の独立運動家達の活動を知ることが出来る場所です。1919年3月13日に起きた密陽地域の主要万歳運動や爆弾投擲事件などはもちろんのこと密陽の金現代史に関しても知ることができます。


全羅南道(順天市 )

周囲の景色を見渡せる高い地帯に位置した「順天湾(スンチョンマン)民俗韓屋ペンション」は、2012年に民宿を始め、補修を経て2013年8月に新たにオープンしました。KBS人気ドキュメンタリー『韓国人の食卓』に女将さんの手料理が登場したことでその名を知られるようになりました。 古宅ですが宿泊するのに不便がないワンルームタイプの客室で、トイレ、キッチン、テレビ、エアコンなどが設置された現代的な造りとなっています。 ここは村のなかでも最も高いところにあるため、目の前に広がる田んぼや葦畑を見渡すことができ、初冬には天然記念物の渡り鳥やナベヅルが田んぼで休む姿をみることができます。また、徒歩約10分のところには順天湾自然生態公園があり、夕方、散歩がてら展望台にのぼると美しい夕日を満喫できます。その他ペンション前に用意されたウッドテーブルで夜景を眺めながらバーベキューをしたり、菜園で新鮮な野菜を収穫して味わうこともできます。


慶尚北道(慶州市 )

慶州(キョンジュ)崔氏(チェシ)の宗家で、新羅時代、瑤石宮(ヨソックン)があったと伝えられている場所にある、慶州崔浚先生生家(慶州崔富者宅)。 九代に渡り代々受け継がれる、1700年ごろに建てられたというこの家屋ですが、はっきりした建築時期は分かっていません。 建物には舎廊(サラン)チェ・母屋・大門(テムン)チェなどの各建物があり、その中でも大門チェの建物には小さな部屋や大きな物置となった部屋などがありました。 客人を迎えたり男主人が生活の場としていた舎廊チェの建物は中庭の向かい側にありましたが、離れの建物のとともに1970年11月火災により焼失、現在の建物のみが残りました。 舎廊チェのあった場所の後ろにある母屋は、中庭を囲むように建てられているように見える構造となっていますが、実際にはこの母屋は「コ」の字型となった建物で、「フ」の字型をした舎廊チェの建物や一文字型の中門(チュンムン)チェの建物が合わさり、中庭を囲む「口」の字型の建物のように見えるのです。 また、母屋の西北の方には家廟(カミョ)が設けられているほか、古宅前からまっすぐ南へまっすぐ伸びる幅員の広い通りは当時の栄華を偲ばせ印象的な道となっています。 このほか母屋の裏手に花畑があり、古宅の美しさに花を添えています。 古宅は朝鮮時代の支配階級・両班(ヤンバン)の家屋の原型を留めていることから、当時を知る重要な史料との評価を受けています。 文化財の指定がなされた当初は、慶州崔植(チェ・シク)氏家屋という名称でしたが、慶州崔氏一門が代々受け継ぎ暮らしてきた家でもあり、また慶州地域の名立たる富豪で「校洞崔富者チプ(家)」と広く知られていることから 「慶州校洞崔氏古宅」へと名称を変更(2007年1月29日)しました。 <出典:文化財庁国家文化遺産ポータル>