全羅北道(茂朱郡 )

1592年の壬辰倭乱(文禄・慶長の役)のときにソウルの春秋館を始めとした全国の史庫が焼失し、春秋館を除いた鼎足山・太白山・妙香山・五台山などに新しい史庫を設置することになりました。1614年に天恵の要塞として知られた茂朱の赤裳(チョクサン)山に実録殿を建てて妙香山の実録を移し、1641年には璿源(ソンウォン)閣を建てて王室の族譜である『璿源録』を保管していました。後に日本により史庫が廃止されるまで、300年以上国家の貴重な国史を保存してきた韓国5大史庫の一つで、全羅北道記念物第88号に指定されています。 この史庫跡は残念ながら赤裳揚水発電所ダムが建設されて水没し、安国寺とともにダムの上側に移転を余儀なくされました。赤裳山は四方が切り立った岸壁で、絶壁周辺にはカエデの木が多く、秋には山全体が赤いスカートを履いたように見えることから「赤裳山」という名前が付きました。


忠清南道(瑞山市 )

文殊寺の建立年代に関しては記録が残っていないので確実な建立年代を知ることはできませんが1973年に金銅如來坐像から発見された発願文に高麗第29代忠穆王2年(1346年)という記録があり、高麗時代に建立されたと推測されています。一方、発願文の発見時にカラムシや米、麦など約600点あまりが一緒に発見されました。静寂とした山寺の雰囲気を感じることができ、春には周囲の山と牧場に桜と野生花が咲き、美しい景色を作り出します。


慶尚北道(慶州市 )

[中小ベンチャー企業部2019年[百年店(ペンニョンカゲ)」に選定] 慶州(キョンジュ)観光の要所・天馬塚(チョンマチョン)や瞻星台(チョムソンデ)そばにある「淑英食堂(スギョンシクタン)」は黄土色の外観や草葺屋根の建物が田舎の雰囲気をかもし出す韓食堂です。 食事のメニューは2種類あり、麦飯にナムルやコチュジャンを混ぜて食べる「チャルポリパプ定食」(2人以上から注文可能)や、同じチャルポリパプにおかずが数種類追加で出てくるお一人様向けの「ナホルロ(おひとりさま)定食」があります。 「パジョン」や「タニシとツルニンジンの和え物」は酒の肴として人気のメニューですが、食事のときに注文してもおすすめの一品です。 チャルポリパプや代々引き継がれてきたこの店秘伝の方法で醸造されたトンドンジュ(濁酒)は食事の後でもお腹に残らないすっきりした味わいで人気です。 いずれの料理も慶州市乾川(コンチョン)地域のもち麦・チャルポリやもち米、スンドゥブ(おぼろ豆腐)など、韓国産の素材にこだわった料理となっています。


慶尚北道(高霊郡 )

慶尚北道高霊郡(コリョングン)双林面(サンリムミョン)合伽里(ハプカリ)のケシル村にある延豊古宅(ヨンプンコテク)は、築150年の由緒ある韓屋です。 忠清北道槐山郡(ケサングン)の延豊県(ヨンプンヒョン)の県監を務めた祖先が建てた4棟の建物のひとつで、母屋に相当する建物です。この韓屋は韓国戦争(1950~1953年)時に爆撃を受け焼失したものを再建した建物で、現在はケシル村を訪れる人々の宿泊施設や村の行事を行う場所として利用しています。 延豊古宅はケシル村の伝統婚礼体験場として使われている花山斎(ファサンジェ)の建物の裏手にあります。ケシル村でも風水地理的にたいへんよい土地とされる明堂(ミョンダン)にあたるこの場所は、背後に竹林があり、爽快な雰囲気が感じられます。この韓屋は2010年に復元されましたが、古の時代におよそ2,500平方メートル(約800坪)の敷地に32室の部屋があったという母屋は復元を経て、最新の設備を兼ね備えた全4室の建物によみがえりました。このうち、竹室と梅室は広々としており、主に団体のお客様におすすめの部屋です。炊事場は別の建物にあります。ここは庭が広く、バーベキュー施設も完備しており、村でお祝い事があるときにもよく使われるとのことです。中庭にある井戸やベンチ、手入れが行き届いた草花などが韓屋の静けさをより生かしています。 延豊古宅があるケシル村は朝鮮時代前期の文臣であり学者であった金宗直(キム・ジョンジク)先生の子孫が集まり形成した善山金氏(ソンサン・キムシ)の集姓村です。村内には民俗資料62号に指定され朝鮮時代に起きた士林の四大惨禍のひとつで戌午士禍(1498年)のとき災いを被った金宗直先生の宗宅(本家)や文化財資料第111号の道淵斎(トヨンジェ)などがあります。 近隣には大伽倻博物館にある金宗直先生記念室には有形文化財第209号の佔畢斎文籍遺品が展示されています。花が咲く美しい谷ということで開花室とも呼ばれるこの地ですが、その背後に花が満開となる花開山(ファゲサン)や350年前からあるという竹林、そして蝶が羽を休める形に似ていることから名付けられた蝶舞峰(チョンムボン)などが村の周囲を温かく包み込んでいます。村の八割以上の人々が伝統韓屋を保存・維持しており、韓屋の瓦屋根の曲線は村の暖かな風情と調和しています。 この村は2001年に行われた美しい村作り事業や2005年農村体験村造成事業を通じて、現在の姿に生まれ変わりました。事業では村に元々からあった古い家屋を補修・新たに建築したり、土で固めた石塀や散策路の造成、そして細部にいたるまで造景し、より風情ある村づくりに努めました。他にも住民や訪問される方々が便利に楽しめるよう村の休憩所や体験館、インターネットカフェなども開設しました。ケシル村は住民みながともに力を出し合い、村を活気づける代表的な例としてその成果を認められ、2011年には大韓民国農漁村マウル大賞において大統領表彰を受けたこともあります。 2003年には農協ファームステイ村としても指定され、自然と伝統を生かした様々な体験プログラムも実施しています。サツマイモ掘り、田植えなどができる「農業体験」、礼節教育と伝統茶の試飲を行う「伝統教育体験」、凧や藁工芸などにチャレンジできる「ものづくり体験」、飴や油菓などを作る「伝統飲食体験」、ブランコや板跳びなど村の広場で楽しむ「伝統遊び体験」、ドジョウ掬いや氷上そりが楽しめる「自然体験」などがあります。 このように季節ごとに自然の美しさやさまざまな伝統を活かし盛りだくさんの体験プログラムを実施しているケシル村は代表的なファームステイ村としての地位を確立し、毎年5、6万人の観光客が訪れる名所となりました。 伝統韓屋体験や様々な楽しみがあるケシル村で古きよき田舎の情緒を体験してみるのはいかがでしょうか。


大邱広域市(中区)

大邱中区路地バスツアーは1日自由利用券1枚で管内の8つのバス停で乗り降りが自由にでき、中区(チュング)の観光を楽しめるユニークなトロリーバス型の都市循環型ツアーバスです。 青羅(チョンナ)バスは路地バスの愛称で、中区を代表する観光地のひとつ・青羅の丘の青羅から取った名称です。金光石キル、青羅の丘、西門市場など大邱中心部の離れ離れになっている有名観光スポットを青羅バスを利用すれば大変便利に周遊でき、いままでにない中区観光をお楽しみ頂けます。


江原道(原州市) , 原州

江原道原州市平原洞にある伝統市場です。 毎月2日、7日、12日、17日、22日、27日と5日ごとに市が立ちます。 主な商品はどじょう、農水産物全般、生活必需品などです。 原州風物の五日市は昔から大きな規模で開かれ、売り買いも旺盛なことで知られています。ここ原州の名物としても有名なチュオタン(ドジョウスープ)の材料ともなるドジョウは漁をする山地や渓谷によって味が変わることで知られていますが、原州一帯で捕まえられるドジョウの味は格別との評判です。


慶尚南道(居昌郡 )

慶尚南道居昌郡(コチャングン)ある鄭蘊(チョン・オン)先生宗宅は古い建築物の特異な構造を見ることができる韓屋です。四方が高い山に囲まれた盆地のため南向きにもかかわらず寒さが厳しく、北方で見られる形式である重なり屋根形態で造られ、雨がよく降るため雨よけのため眉毛屋根(庇屋根)もあります。 週末には家族連れの旅行客が、平日には研究団体がよく訪れます。 金猿山(クモォンサン/クムウォンサン)のトレッキングコースや夏の国際演劇祭が開かれる捜勝台(ススンデ)遊園地が1kmの距離にあり、憩いのひとときを過ごしたりや文化行事を楽しんだりすることができます。 母屋は家主の家族が生活をしている場所で、舎廊(サラン)チェと中門チェ、大門チェを客室として貸し出しています。団体のお客様の場合は舎廊チェ全体を借りることができます。


慶尚北道(高霊郡 )

ケシル村は朝鮮時代中期、嶺南士林派の宗祖である佔畢斎・金宗直(キム・ジョンジク)先生の子孫が作り上げた善山金氏(ソンサン・キムシ)の集姓村です。 およそ360年の伝統を受け継ぐ村で、民俗資料62号佔畢斎宗宅、文化財資料第111号道淵斎(トヨンジェ)、市道有形文化財第175号佔畢斎文集冊板及び彛尊録などの文化財を保存しています。 ケシル村にはおよそ60世帯がいまもなお住んでおり、土塀や韓屋を復元・補修しつつ韓屋村を今に伝えています。 村の共同運営により、韓屋宿泊体験、農産物栽培、伝統礼節及び伝統遊びなどの体験プログラムを実施しており、訪れる人々に農村体験の場を提供しています。 ケシル村の最も奥まったところにある追友斎(チュウジェ)は貸切で利用可能な本棟と舎廊(サラン)チェの建物があります。客室内にはトイレを兼ねた浴室や台所も完備しています。本棟は伝統的な焚口があるオンドル部屋となっており、昔ながらの薪を焚いて温めるオンドル体験も可能です。 村内の共用駐車場もご利用いただけますが、宿に程近い場所にも駐車スペースがあり、こちらもご利用頂けます。 ケシル村の韓屋体験はケシル村営農組合法人が一括管理・運営しています。


慶尚北道(永川市 )

永川慈川里の「五里長林(オリジャンリム)」は村の防風、堤防保護および洪水防止のためにつくられた森です。 1500年代に村の住民らがつくったと伝えられており、現在はアベマキなど12種約280本の木々が森を成しています。森の長さが5里(2キロメートル)に達するため昔から五里長林と呼ばれ、近ごろは慈川(チャチョン)の森と呼ばれることもあります。村の住民らは、この森がくつられた時から毎年小正月に村の平安を祈るための祭祀を執り行なっています。 五里長林は堤防保護、村の守護および村の景観を美しくする役割を果たしているだけでなく、民族の自然愛護思想がわかる貴重な資料となることから天然記念物に指定され保護されています。