ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

ソウル特別市鍾路区慶雲洞(キョンウンドン)にあるゲストハウス南峴堂(ナミョンダン)は、築100年を超える韓屋で、韓国独特の趣が味わえる場所。 韓国情緒が感じされるゲストハウスということで宿泊客の7、8割は外国人で、海外からの旅行客に人気があるゲストハウスです。中には3年間にわたり何度も訪れ顔馴染みのよしみから洋服をゲストハウスに預けているイギリスからの旅行者もいるほどです。 韓屋というと隙間風が気になりますが、このゲストハウスは建築家である親子が自ら韓屋の壁を黄土で塗り固め、韓屋特有の弱点であった外からの隙間風が入らないよう工夫しています。黄土の壁で不眠症が改善し熟睡できるようになり助かったという宿泊者もいたそうで、そんな話を聞くと大変やった甲斐があったと感じることも多々あるそうです。 また南峴堂には広い中庭があり、11月までは朝食もこの中庭で取ることができます。泊客が多い日にはこの中庭で夕方みんなでバーベキューパーティーも行うことがあり、宿泊客同士で親睦を深めることもできます。


忠清北道(清州市 )

リホ観光(クァングァン)ホテル


江原道(三陟市) , 三陟


江原道(平昌郡)

江原道の山里にある『トンマッコルへようこそ』の撮影場は、大きな木や川辺、石で作った橋、木のブランコ、井戸、洗濯場など、撮影時に使われた場所がそのまま残っており、山里の風情を漂わせています。何と言っても入場料が無料なので、気軽に心ゆくまで観覧することができます。この場所は、何もない山をけずって道を作り、木を植えて完成させた人工の村で、映画とはまた違った面白さを体験することが出来ます。 * ストーリー 映画『トンマッコルへようこそ』は、韓国戦争(朝鮮戦争)の真っ只中、突如トンマッコルに墜落した連合軍兵士のスミス(スティーブ・テシュラー)と、部隊から落後した人民軍イ・スファ(チョン・ジェヨン)一行、軍隊から離脱して道に迷った韓国軍ピョ・ヒョンチョル(シン・ハギュン)一行が、思いがけずトンマッコルで出会ってしまうところから始まります。決して交わることの出来ない彼らが一箇所に集まり、平和だったトンマッコルにただならぬ緊張感が漂います。 戦争とは全く無関係の場所、トンマッコル。そこに集まった韓国軍、人民軍、連合軍一行はお互いを警戒しますが、手榴弾をも恐れないヨイル(カン・ヘジョン)と純朴なトンマッコルの村人たちに次第に同化していきます。彼らは畑を耕し猪を捕まえ草スキーをやりながら次第にお互いに心を許していきます。しかし、そんな平和な時もつかの間、戦火はトンマッコルにまで広がってしまいます。  


全羅南道(木浦市 )

* 南農・許楗先生が設立した美術館、南農記念館 * 南農(ナムノン)記念館は山水画の一派・南宗画の韓国における巨匠で、書を嗜む画室・雲林山房(ウルリムサンバン)の3代目主人、南農・許楗(ホ・ゴン=1908~1987)先生が、1985年5月に先代の遺作所蔵及び韓国・南画(山水画の一派)の伝統継承・発展のために設立した美術館です。 南農記念館は、朝鮮末期の詩・書・画で名声を馳せた秋史・金正喜(キム・ジョンヒ)が海東(古の韓国)における第一人者とまで激 賛した許錬(ホ・リョン)の作品をはじめ、米山(ミサン)許瀅(ホ・ヒョン)、南農・許楗、林田(イムジョン)許文(ホ・ムン)、五堂(オダン)許塡(ホ・ジン)に至るまでの雲林山房で描かれた許氏一族5世代に渡る作品が展示されており、その他朝鮮時代の名画から現 代の大家・重鎮に至るまで南宗画の大家らの作品およそ300点も展示され、韓国における南宗画派の山水画を脈々と受け継いでいる美術館です。。 この他、伽倻や新羅時代から朝鮮時代に至るまでの土器・陶磁器など約200点をはじめ、日本や中国の陶磁器も展示され、毎年多くの人々が訪れる芸術の故郷・木浦の観光名所となっています。南農記念館を訪問されれば、美術史的観点から見た南農・許楗先生と地元・木浦との関係がよく理解できます。nbsp; * 南宗画の巨匠、南農・許楗先生とは * 南農・許楗先生は朝鮮時代末期、南画の大家であった小痴(ソチ)許錬(ホ・リョン=1808~1893)の孫で、こちらも有名な画家であった米山・許瀅(1862~1938)の四男として全羅南道珍島(チンド)で生まれました。許楗先生は生涯、木浦で暮らし、韓国画壇の中心で多くの創作活動を行い、同時に数多くの弟子を育て後進の育成にも尽力しました。 1981年には生涯にわたり収集した水石・磁器・木物とともに雲林山房で創作活動を行った一族3代に渡る作品を木浦市に寄贈し、郷土文化発展に大きな貢献を残しました。1987年には珍島雲林山房を私財を提供し復元、珍島郡に寄付し韓国の芸術界において文化遺産を社会に還元するなど模範となりました。 大韓民国文化芸術賞・文化勲章など数多くの賞を受賞し、1983年には大韓民国芸術院元老会員に推挙されました。  


ソウル(冠岳区)

1905年に竣工したこの建物は、日本の北陸土木会社が施工、小玉氏が設計し、西島氏が監督したとされています。李重華の『京城記略』には、1900年に入京したベルギーの全権委員レオン・ビンカート(Leon Vincart)氏が1902年10月、場所を決めて領事館建築に着手したと記録されています。その後1919年に領事館は忠武路1街18番地に移転し、この建物は日本の横浜生命保険会社が社屋として使用していましたが、その後、日本の海軍省武官府の官邸となり、解放後(1945~)は海軍憲兵隊が使用しました。1970年に商業銀行が払い下げを受けて使用していましたが、1982年8月に現在の南峴洞に移転し、韓国商業銀行(現ウリィ銀行)の史料館として使用されました。現在は、リニューアルされてソウル市立美術館南ソウル美術館となっており、市民のための文化空間として活用されています。建物は地下1階、地上2階建てで、レンガと石材が混用されています。古典主義様式の玄関やバルコニーのイオニア式の柱などは、外観上、大変素晴らしい様式であることをよく表しています。 規模:建築面積1,569.58平方メートル、2階レンガ造り


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美しい日の出が見られる江陵市では、鏡浦や正東津を訪れる観光客に新たな楽しみを提供しようと「鏡浦台日の出祭り」を開催しています。1998年に初めて開催されて以来、毎年12月 31日と1月 1日の2日間にわたり開催されています。このイベントでは、新年のカウントダウンや花火大会、芸能人によるコンサートなど多彩なイベントを体験しながら美しい日の出を鑑賞することができます。  


慶尚北道(清道郡 )

慶尚北道清道の名所である落台瀑布がある南山の中腹に位置する「清道韓屋学校」は、木手(木を使用し家を建てたり、家具などを作ったりする人のこと)を養成するための教育の場です。 韓国固有の韓屋を建てる方法を教えてくれる学校として人気が集まっています。韓屋学校の庭からは清道が見渡せ、大きなノワチプ(屋根が赤松の切れ端で造られている家)は韓国の伝統がそのまま残っておりとても印象的です。 韓屋学校の教育課程は木手養成過程、専門家過程、家を建てる過程にあわせ、韓屋の窓作り、かんながけ、木材の切り方などの実習体験及び、焼き芋、餅つき、韓国伝統家屋に関する話など、こども達の為の韓屋文化体験教室も準備されています。季節によって様々なプログラムがあり、親子で楽しむことが出来ます。 管理者  韓屋学校 TEL  +82-54-373-8555~6 Fax  +82-54-373-8557 トイレ  あり


済州道(済州市 )

多願コリアは外国人専用免税品を運営する企業です。 8つのショッピングルームがある2階建ての外国人専用免税店を運営しているほか、中国、香港、マレーシア、マカオ各国・地域に総販売店があります。 多願コリアは業界で初めて食品医薬品安全処から肝臓関連機能性原料開発の許可を受け、アルコール性損傷から肝臓を保護する機能の認定を受けました。 特許技術を通じて差別化を図り商品開発を進める、これこそ多願コリアの商品の信頼度を高める石杖になるものと確信しています。 多願コリアはマーケティング機能向上にも努力しています。体系的な顧客満足(CS)教育を通じ、お客様の目線でのサービスを実践、商品販売後のアフターサービスも一貫した管理体制で実施しています。 また団体旅行から個人旅行へとシフトしつつある最近の良好業界の傾向にも歩調を合わせ、個人旅行のお客様向けの商品も取り揃え、より一層のサービス向上を図っています。