ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

この店はソウル特別市のテハンノに位置した韓食専門店です。代表的なメニューは豚カルビです。炭火焼き専門店です。


京畿道(九里市) , 九里

高句麗 鍛冶屋村(コグリョ・テジャンカンマウル)は展示室と野外展示物(鍛冶屋村)から成っています。展示室は、峨嵯山から出土した高句麗の遺跡などを展示しています。大帝国高句麗の歴史は、卓越した強力な鉄器文化があってこそのものでした。韓民族の歴史上で最も広い領土を確保した高句麗の国家発展と成長の動力であった鉄器文化が、高句麗鍛冶屋村で再現されています。九里市が高句麗遺跡(テーマ)公園造成事業の一つとして推進してきたこの「高句麗鍛冶屋村」はペ・ヨンジュン主演のテレビドラマ「太王四神記」の撮影場でもあります。「太王四神記」のセット場は済州島や忠清南道泰安郡にもありますが、九里市が建設したこの撮影場は、全国唯一の鍛冶屋村の撮影場として、韓国最大規模を誇っており、韓国一の施設及び機能を備えています。直径7mにもなる水車は、屋根から落ちてくる水を利用して鍛冶屋に水を供給し、2階建ての鍛冶屋と各種機械装置などは、鉄を溶かして焼きを入れ武器を生産する一切の工程が全て鍛冶屋の中で行えるようになっています。


釜山広域市(東区)

釈迦の誕生日を記念して行われるお祭りで、仏教の伝統文化の1つである燃灯を灯し、釈迦の誕生をお祝いします。また、釜山市民や観光客が伝統文化や仏教文化を肌で感じられるよう、多様なイベントが行われるお祭りです。「釜山燃灯祭り」は、釜山にあるお寺や仏教徒が皆で楽しめるよう、釜山広域市の仏教連合会の支援と参加者中心のイベント企画のため、1ヶ月ほど前から奉祝行事実行委員会を開き、お祭りの準備を始めます。半月前からは、各種作品や燃灯で飾られた釜山駅広場で「奉祝記念点灯式」が行われます。同期間中は、釜山にある1700ヶ所のお寺と仏教徒団体、関連機関で、燃灯作りや伝統茶配布、供養などが行われ、各種祝賀公演や様々な奉祝行事が釜山市内 一帯で実施されます。奉祝行事の一番の見どころは、「奉祝連合大法会」と「燃灯行進」だと言えますが、宗派を超え、釈迦の誕生日を供に祝う意味深いお祭りだと言えるでしょう。


慶尚北道(慶州市 )

月城良洞村(ウォルサンヤンドン・マウル)は雪蒼山(ソルチャンサン)を主峰とし、稜線と渓谷が広がる姿は漢字の“勿”に似ています。この村は朝鮮時代(1392-1910)に驪江李氏と月城孫氏によってつくられた両班村(貴族の村)で、朝鮮時代の性理学者である李彦迪(イ・オンチョク/1491-1553)をはじめとする数多くの著名人を輩出しています。村には家屋およそ150棟が保存されていますが、瓦屋根の家屋は大部分は高いところにあり、茅葺の家はほとんどが平地にあります。また重要文化財3点、重要民俗資料12点、慶尚北道有形文化財3点などが保存されています。韓国国内には6つの民俗村がありますが、規模、保存状態、文化財の面において月城良洞村はその価値が高く評価されています。1984年12月24日には村全体が重要民俗資料第189号の指定を受けました。<代表的な家屋>香檀 丘の上にあるうえ、屋根の構造が華麗なため村で一番目を引く香檀は李彦迪が慶尚監司(朝鮮時代の官職のひとつ)であった時、母の看病をするようにと王であった中宗が建て与えたものです。もともとは99の部屋に仕切られていたと伝えられていますが、一部消失し現在は50あまりの部屋が保存されています。ここから月城良洞村全体を眺めることができます。宝物第412号。無忝堂 驪江李氏の本家である無忝堂は質素ながらも洗練された建築日が目を引く家屋です。別堂(離れ)として応接、読書、休息などに利用されました。ハングルのカの字型の構造をしており、オンドル部屋、大広間、板の間などがあり、丸い柱と四角い柱がともに使われていることが特徴です。宝物第411号に指定されています。観稼亭 観稼亭は文臣であった孫仲暾(1506-1529)が暮らした家で、格式をもたせながらも質素に建てられており、敷地の中央には庭があります。男性の主人の生活の場であり、また客をもてなしたサランチェという建物と、女主人の生活の場であったアンチェという建物などが“ロ”の字型に配置されています。観稼亭という名には穀物が成長するように子孫が繁栄する様子を見たいという意味が込められています。宝物第442号に指定されています。講学堂 1870年に建てられた書堂です。書堂とは現在の学校にあたります。全体として素朴な印象の講学堂はハングルのカの字型の建物で、大広間、アンバン(主婦部屋)、コンノンバン(主婦部屋と向き合った部屋)などがありますが、門や塀は見られません。大広間の上には“講学堂”と書かれた額がかかっています。ここからは丘の上にある香檀がよく見えます。


京畿道() , 利川

2001年から1年おきに開催されている京畿世界陶磁ビエンナーレは、韓国の陶磁器の価値にスポットを当て、世界の陶磁器の中心を韓国に集める役割をしてきました。2011年のビエンナーレではジャンルの融合という意味のあるCeraMIXという新しいテーマで各界の関心やプラスの評価を引き出し、2013年のビエンナーレでは今まで芸術面で認められていなかった陶磁を国内外の専門家やマスコミを通して現代美術の1つの系統として認識させることに成功しました。京畿道の利川・広州・驪州の3地域は、全て陶磁器(*参考)で有名ですが、特に利川は韓国の現代陶芸の巨匠たちが1950年代以降に位置を築いて現代陶芸を築きながら現代陶磁のメッカとなり、広州は朝鮮時代の王室に陶磁を納品した伝統陶磁都市で、驪州は国内の生活陶磁の40%以上を生産する場所です。こうした特長にあわせて利川では世界陶磁分野の公募展の中で最大規模の「国際公募展」を、広州では「象嵌(ぞうがん)陶磁特別展」と「韓中陶磁芸術交流展」を、驪州では「セラミックスライフ展」などの展示が開かれます。陶磁を美術とつなげたレベルの高さと独創的な展示観覧とともに三地域の自然と調和した広い陶磁公園で開かれる陶磁器祭りでは、陶磁器作り体験、公演、地域陶芸工房などの展示販売フロアなどが楽しめます。(* 陶磁器:土を練って高熱で焼く器や装飾物で、1,300℃以下の温度で焼いた陶器と1,300∼1,500℃で焼いた瓷器をまとめた言葉。略して陶磁とも呼ばれる。) 


京畿道(竜仁市) , 龍仁

京畿道龍仁市に位置したリオモーテルは地中海風に建てられた建物が異国的な雰囲気である。 客室内部も原木で建てられて、体にやさしく客室の大きさがかなり広くて楽に利用することができ、クイーンあるいはキングサイズベッドが用意されており広く利用できる。 すべての客室にはインターネットが可能なPCが設置されておりその外に基本的な備品も備えられていて便利である。 特にファミリールームにはジェットスパが設置されており、すべての客室にゲルマニウムの温泉水が供給されて温泉ができるのが長所だ。 周りにエバーランド、韓国民俗村などがあり観光客もたくさん訪れ、ビジネスのため訪問する顧客も多い方だ。


全羅北道(全州市 )

  天主教聖地「致命子山」(チョンジュギョソンジ・チミョンジャサン)全州市の東南に位置する寒碧堂の裏に僧岩山という山があり、その山の険しい峰に天主教(カトリック教)の聖地「致命子山」があります。岩の上に高さ4mの石で造られた十字架があり、その横の崖のところに聖堂が建られました。この聖地は世界で唯一の童貞夫婦(性関係を持たない夫婦)である柳重哲(洗礼名ヨハン)と李順伊(洗礼名ルガルダ)とその家族が眠っている場所です。1800年代のキリスト教の迫害期に家族7人が殉教し、ここに葬られています。そのうちの一人・柳恒倹は、完州郡伊西面チョナム部落で生まれ、全羅道で最初の天主教の信者として斬首されました。息子の重哲とその妻の順伊は篤実な信仰生活を送るため童貞夫婦を貫き、結婚して4年で斬刑に処されました。寒碧堂の周辺からも致命子山の十字架が見え、聖地として造成されてからは巡礼者がひっきりなしに訪れる名所となりました。柳重哲と李順伊の墓が頂上に安置されており、頂上の崖には花崗岩でできた記念聖堂があります。童貞夫婦の殉教者の墓の上には「奇跡の岩(イエス・マリア岩)」もあります。山の急斜面を登りながら祈りをささげる「ゴルゴダの十字架の道」には、入口から山の頂上までの全区間に花の道がつくられており、散策に最適です。聖地入口には広い休息スペース(モンマルト広場)があり、森の中の駐車場(4,000坪)も整備されています。●特長(1)柳恒倹と童貞夫婦殉教者の墓(2)モンマルト広場(3)聖堂(海抜300mの山の頂上の崖に建てられた記念聖堂)(4)イエス・マリア岩(5)ゴルゴダ十字架の道(6)祈りの花の道   


ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

本格的なイタリアかまどピザ・パスタ専門店です。代表的なメニューはマルゲリータピザです。ソウル特別市キョンボックン駅の近くに位置した洋食専門店です。  


ソウル(江西区) , ソウル西部

金浦国際空港(キンポグッチェゴンハン)はソウル市江西区空港洞ハヌルギル100(空港洞)に位置しています。1939年に京畿道金浦郡陽西面傍花里に日本軍が滑走路を建設して金浦空港の歴史が始まりました。その後、米軍が使用するようになり、民間航空機の運航が許され、1954年からは韓国も一部を使用できるようになりました。1958年に大統領令により国際空港に指定され、1971年から本格的に空港として利用され始めました。


慶尚南道(梁山市 )

鷲棲山の南に位置する通度寺(トンドサ)は、釈迦の真身舍利を奉る名刹です。通度寺という名前は、仏法に精通し衆生を済度するという意味からつけられたといわれています。唐の国から慈蔵律師が釈迦如来真身舍利を奉って来て、善徳女王末年(646年)に創建されました。多くの戦争と侵略の中でも通度寺は今日に至るまで1300年の間法燈が消えたことのない寺院で、境内には35の建物や法塔があり、周囲に14の庵子があります。仏像のない大雄殿は国宝第290号に指定されており、この他にも19の地方宝物と794の地方文化財、そして金剛戒壇に釈迦牟尼の真身舍利が奉られており、博物館的な意味を持つ寺でもあります。通度寺のある鷲棲山は美しい自然環境の所で、寺の入り口から一柱門まで立ち並ぶ数百年を経た松の木と共に寺の法鼓や鐘、夕陽の落照と池、寺の裏の滝と岩などの素晴らしい景色で、通度寺八景と呼ばれています。