仁川(中区)

「ジャージャー麺博物館(チャジャンミョンバンムルグァン)」は、開港期の仁川で誕生し、今では「韓国の100大民族文化リスト」にも入っている韓国風ジャージャー麺の歴史や文化的価値を広く知ってもらうために設けられました。 開館日 2012年4月28日 文化財名 仁川善隣洞共和春 登録文化財第246号(2006年4月14日指定)


済州道(西帰浦市) , 서귀포

スェソッカッは溶岩が流れて固まり形成された渓谷のような谷で、独特で面白い地形を作り出しています。西帰浦七十里の秘境の一つで、深い水深や溶岩からなる奇岩怪石と松林が調和をなし、美しい風景を演出しています。また、名物の「テウ」というイカダに乗り、水上を悠々と風を切り、スェソッカッの隅々まで見て楽しめる異色のスポットです。また、スェソッカッのある下孝洞は、漢拏山の南の前裾にあり、みかんの産地としても有名です。


仁川(富平区) , 富平

カトリック大学校仁川聖母病院は「夢の放射線癌治療」と呼ばれるトモテラピーを国内最初に導入し、無血無痛超音波癌治療であるハイプナイプを同時に備えることによって苦痛のないガン治療時代を先導した癌専門病院として高い地位を得ている病院です。


仁川(延寿区) , 松島国際都市

仁川松島国際業務団地にあるコンパクトスマートシティーは2009年に仁川世界都市祝典の主要施設として建設されました。「古代および近代展示館」、「仁川模型館」、「IFEZ模型館」の3つの展示館では仁川の発展過程と現在の様子、未来のビジョンを見て、感じることができる構成になっています。見学は1階にある「古代および近代展示館」から始まります。先史時代から朝鮮時代まで仁川の海を中心に開拓と挑戦の歴史を紹介し、灯台、気象台、電話局など近代都市に至る施設を模型で再現しました。また、近代都市として成長している仁川を宗教、教育、文化、観光の4つの空間で演出しました。2階の展示館は大型映像と模型が連動した「仁川模型館」です。都市活動のネットワークを構成する道路、橋、鉄道、河川など都市の基盤施設を説明し、2020年仁川都市計画基本構想と住居、交通、環境など分野別都市計画を紹介しています。「IFEZ模型館」は3階にあり、未来都市IFEZを紹介する空間で、開発概要、推進背景および必要性とメリットを伝えています。国際都市「松島」が空港、港湾の物流都市であり国際金融レジャー都市であることを映像を通して知ることができます。その他、360度立体映像館である5D映像館、4D映像館、企画展示館が運営されています。


釜山広域市(東莱区)

福泉博物館は、福泉洞古墳群の出土品を中心とした三韓時代から三国時代までの釜山の歴史が見られる考古専門博物館で、1996年10月5日に開館しました。7次に渡って行われた発掘調査で明らかになった169基の遺構や各種の土器・鉄器類などの遺物が展示されています。これらの出土品や様々な墓の様式は、伽倻の神秘を解き明かすのに重要な情報を提供しています。また、日本の古代文化の源流を探るための重要な資料としても評価されています。


ソウル(江南区)

ピョルマダン図書館(星の広場図書館)はCOEXセントラルプラザの中央にある総面積2,800平方メートルの複層構造の施設です。 高さ13mの書架の淡い色彩がスペース全体を柔らかく包み込む憩いの書斎をコンセプトに、さまざまなテーブル、そしてパソコン作業ができる電源コンセントなども完備しています。 特に1階から吹き抜けとなっていている地下1階のスペースを見下ろすような形で配置されている椅子はゆとりある読書ができるよう独立したスペースが確保されています。 ピョルマダン図書館にはおよそ5万冊の蔵書を配架しており、1階は文学・人文学、地下1階には趣味・実用書関連の書籍があり、外国語原書コーナー、著名人の書斎コーナー、iPadで見ることができる電子ブック、特に海外の雑誌など約400種類の雑誌を取り揃えた雑誌特別コーナーもあります。  


釜山広域市(蓮堤区)

2001年9月にオープン釜山アシアード・メイン競技場は、スポーツ競技や各種イベントを開催することの出来る多目的スタジアム。 地上4階地下1階で、 陸上競技のためのトラックや国際規格に沿って作られた芝のサッカーグラウンドがあるほか、約5万5千席の観客席、そしてその観客席を全て覆うことのできる半開放型の屋根が特徴。 2002年にはあの韓日共同開催で沸いたワールドカップ競技大会も行われ、韓国がポーランド戦がで初勝利を収めた場所。韓国国内プロサッカーリーグの釜山アイコンズのホームグラウンドでもあります。


ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

北村の嘉会洞にある白麟済(ペク・インジェ)家屋は近代韓屋の様式で建てられた日帝強占期の家屋です。北村が一望できる2,460平方メートルの敷地にサランチェ(別棟)、アンチェ(母屋)、庭園などが配されています。白麟済家屋は伝統韓屋の美しさを保ちつつ近代的変化を取り入れて建てられており、建築の規模や歴史的価値の面で尹潽善(ユン・ボソン)家屋とともに北村を代表する建築物とされています。 白麟済家屋は1907年の京城博覧会で初めてソウルに紹介された「鴨緑江の黒松」を使って建てられ、同時代の典型的な上流階級の住宅とは異なった特徴があります。サランチェとアンチェを別にして建てた伝統韓屋とは異なり、2つの空間が廊下で繋がれており、扉の外に出ずに移動できます。また日本式の廊下や畳部屋があったり、赤レンガやガラス窓が多用されていたりするのも建築当時の時代的背景が反映されたものです。サランチェの一部が2階建てになっており、これは朝鮮時代の伝統韓屋では他に類を見ない特徴です。白麟済家屋は韓屋の様々な美しさを一ヶ所に集めた貴重な文化遺産といえます。


ソウル(中区) , 市庁・光化門

1997年3月、韓国の銀行として初めて韓国の金融発展の歴史を一目で知ることができ、一般の人の金融に対する理解を助けるための金融博物館として設立されました。金融博物館は韓国の文化通りである中区太平路に位置する新韓銀行光化門支店の3、4階にあり、総面積1,320.93平方メートルの規模を誇り、3,500点以上の資料を所蔵しています。韓国金融史博物館は韓国の経済発展の過程を金融史的な側面から新しく定義し、新韓銀行とともに発展してきた韓国金融の発展の様子が一目でわかります。


ソウル(松坡区) , 蚕室(ロッテワールド)

「ソウル石村洞古墳群(ソウルソクチョンドンコブングン)」では、百済時代の大型積石塚とともに土坑墓、甕棺墓などが確認されています。高句麗の影響である積石塚が石村洞に散在することから、百済の建国勢力が文化的に高句麗と密接な関係にあったと推測されます。また、この古墳群地域には3・4号墳のような大型墳以外にも小型の土坑墓のような平民や一般官吏のものも混ざり、それらは互いに時期が異なり重複するように形成されたものもあることから、石村洞一帯は長い間さまざまな階級の人々の墓地として使われていたのではないか考えられます。石村洞で最も大きな3号墳は長辺45.5メートル、短辺43.7メートル、高さ4.5メートル規模、形態は方形基壇式石塚で基壇は3段まで確認され、3世紀中葉から4世紀に築造されたと思われます。4号墳は一辺が23~24メートルの正四角形で、年代は3号墳と同じような時期にみえますが、土坑墓と版築技法から典型的な高句麗様式とは違った姿となっています。