仁川(南区)

ソウル女性病院は1993年にオ・イクファン産婦人科として開業し現在仁川唯一の産婦人科専門病院であり、産婦人科専門病院で初めて医療機関認証を取得した病院です。毎年約5,000件の分娩と25万件に達する外来や豊富な手術経験で仁川地域連続1位(全国3位)の分娩成果を誇っています。また、新生児集中治療室を設置運営し特別な管理や治療が必要な未熟児、高危険新生児に対する応急処置も可能です。新生児集中治療室には人工呼吸器、心臓超音波など特殊装備を保有し緊急時でも正確な検査と治療を受けることができます。 さらに不妊治療にはかなり力を入れ、年間800件以上の試験管受精施術、1,000件以上の人工受精施術を施行しています。2012年基準では試験管受精施術の年平均妊娠成功率は50%に達しています。2008年にはグローバル医療サービス対象「不妊&習慣性流産」部門を受賞しました。


仁川(南洞区)

仁川広域市に位置するメトロタミ整形外科は整形、皮膚レーザー、スキンケアーを主に行っています。


仁川(富平区) , 富平

ハンギル眼科病院は優秀な医療陣と施設を兼ね備えた国内最高水準の眼科専門病院です。特に眼科の各分野別専門医を保有し全ての眼科系疾患についてすぐの治療が可能なのが大きな特徴です。一流大学病院教授出身を中心とした精鋭医療人24名が前眼部、綱膜、整形眼科、緑内障、レーシックなど5つの診療センターおよび小児眼科・司法試験・弱視クリニックを運営しています。 年間外来患者数は17万名、眼科手術は17,000件にもなり大学病院を含めても国内での2番目に手術件数の多い眼科といわれています。


仁川(富平区) , 富平

カトリック大学校仁川聖母病院は「夢の放射線癌治療」と呼ばれるトモテラピーを国内最初に導入し、無血無痛超音波癌治療であるハイプナイプを同時に備えることによって苦痛のないガン治療時代を先導した癌専門病院として高い地位を得ている病院です。


仁川(江華郡)

江華聖堂はコ・ヨハン(Charies Jone Corfe)初代主教が1900年に建てた建物で、聖ペトロとパウロ聖堂と命名されました。当時の建築工事は宮廷棟梁が率い、以後数回補修が行われましたが、当初の姿そのままで保存されています。聖堂は世界を救済する箱舟としての意味を強調するため、船の形をまねています。聖堂の建物は正方形(幅4間、長さ10間)の重層構造で全体的な建築様式は韓国伝統様式に従っており、配置や内部構造は西洋式バシリカ建築様式を応用しながら、調和と美しさ、土着精神を表しています。聖公会江華聖堂は当初1981年に京畿道地方有形文化財111号に指定されたのち、江華郡が仁川広域市に編入されたため、仁川地方有形文化財に変更され、2001年1月に国家史跡424号に変更、指定されました。


仁川(中区) , 仁川市街地

仁荷大学病院 は最先端医療装備を備え、2010年7月21日病院評価全分野でJCI認証を受けました。 特に空港医療センターの部分において世界初の国際認証で、韓国医療として世界に認められる安全な医療機関として評価されました。 また、仁荷大学病院 は仁川国際空港と最も近い距離(約25分)に位置しており、外国人患者にも利用しやすい環境です。


仁川(江華郡) , 江華島

全国で唯一の莞草(ワンゴル)工芸品である花紋席は高麗時代から受け継がれてきた生活文化遺産で、江華郡だけで生産される自慢の民族文化遺産です。江華郡ではこのような民族文化遺産の継承と発展のために花紋席の発祥地である松海面陽五里に花紋席文化館を作りました。花紋席文化館では、花紋席はもちろん莞草工芸品の過去と現在、そして未来の多様な莞草工芸品の変遷過程が一目で分かる常設展示館があります。


仁川(江華郡) , 江華島

長花里(チャンファリ)の干潟は東幕(トンマク)海岸とつながっており、写真愛好家の間で美しい夕日が撮影できるスポットとして知られています。


仁川(中区) , 仁川市街地

仁川広域市中区にある蚕津島(チャムジンド)は、永宗島と連陸道路でつながる小さな島です。干潟を赤く染める夕日が美しいことで有名で、その景色を写真に収めたり、干潟で潮干狩りする観光客が多く訪れます。また永宗島と舞衣島の間に位置しており、映画《シルミド》のロケ地として有名な舞衣島に入るには蚕津島の端にある蚕津島船着場を経て行かなければならないため、常にたくさんの人でにぎわっています。蚕津島船着場から舞衣島までは約5分と近いのですが、干潮時には水深が浅くなり旅客船の運航が難しくなるため、訪問の際には事前に船の運航時間を調べておく必要があります。


仁川(江華郡) , 江華島

燕尾亭(ヨンミジョン)は1995年3月1日仁川広域市の有形文化財第24号に指定されました。建てられた時期がいつなのかは不明で、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)、丙子胡乱、韓国戦争(朝鮮戦争)により破損した部分はこれまでに何度も修復が行われました。 臨津江と塩河江の形が燕の尻尾に似ているということから燕尾亭という名前が付けられ、月串墩台のてっぺんに建てられているため坡州市、金浦市、北韓(北朝鮮)の黃海道開豊郡一帯を見ることができます。   摩尼山、伝燈寺、普門寺と共に江華八景の1つであり、燕尾亭から見る月が美しいことで知られています。長い間燕尾亭は軍事保護区域に指定されており、一般の人の観覧は厳しく制限され、軍隊の許可がある人のみ出入りが可能でしたが、最近では身分証明書があれば一般の人も出入りが可能になりました。