仁川(甕津郡)

「小青島(ソチョンド)」は仁川から西北へ210キロメートルのところにある大青面に属する島で、朝鮮時代・明宗以前までは小岩島と呼ばれていました。海岸線に沿って奇岩怪石を見ることができる他、沖釣りができる地域としてゆったりとした夏を過ごすには最適の場所です。住民のほとんどは漁業に携わる典型的な漁村で、島全体が釣り場として知られています。


京畿道(河南市) , 南楊州

未来のエンジン、自動車の明日を垣間見る 未来の自動車は今のものと似ているようで違います。ハイブリット自動車アイオニックがその良い例です。現代モータースタジオ河南では制約と制限なしに自由に移動生活を夢見るアイオニックを中心に未来の自動車生活を提示しています。


済州道(西帰浦市)

済州新羅(チェジュシルラ)ホテルカジノは客室429室、6レストランとバー、7室の宴会場、屋内外のプール、男女サウナ、ジム、ボーリング場、ビリヤード、ラケットボールコート、テニスコート、ゲームプラザ、旅行社、レンタカー、フォトショップ、記念品店、免税店などが備えられており、特級ホテルのカジノです。伝統的な西欧式の雰囲気のカジノ260坪の規模に、ルーレット、ブラックジャック、バカラ、スロットマシーンなど各種ゲームをヨーロッパスタイルの独特な雰囲気で楽しめる外国人専用カジノです。


全羅南道(求礼郡 )

ピアゴルは智異山・老姑壇(ノゴダン)と盤若峰(パニャクボン)の間に位置する渓谷。秋の紅葉が真っ赤なが血のように見えることからつけられた名前(血は韓国語で「ピ」)で、智異山十景のひとつに数えられるところです。ここは韓国内でも有名な紅葉の名所ですが、四季折々の美しさがあるところです。春にはツツジが満開になり、夏には森の緑が鬱蒼と生い茂り、冬は山全体に降り積もった雪が壮観を成します。渓谷の入口には智異山でもっとも大きい燕谷寺(ヨンゴクサ)など国宝級の文化財が多くあります。また入場券売り場からピアゴル山荘まで6キロにおよぶ山道の風景もとても美しいことで知られています。渓谷もまた険しくなく、誰でも歩くことができる散歩コース。渓谷入口から三紅沼までが特に美しく、毎年ピアゴル紅葉まつりが開かれる時期には紅葉渓谷ウォーキング、特産品販売、観光写真展などのイベントが行われます。


全羅北道(金堤市 )

金山寺(クムサンサ)は、全羅北道金堤市金山面金山里にあるお寺で、様々な文化財が保有されています。韓国の伝統寺院に宿泊し、韓国の仏教文化と修行精神、お寺での日常生活を体験できるテンプルステイプログラムも運営されています。礼仏、参禅、鉢盂供養、108拝、森道散策、僧侶との対話などが基本プログラムとして行われ、季節ごとの特別プログラムも運営されます。


慶尚南道(巨濟市 )

壬辰倭乱(1592年から1598年まで日本の侵略により起こった朝鮮と日本の戦争)の時に日本の侵略に真っ向勝負した李舜臣将軍(1545-1598)の勝利を記念するべく造られた公園です。李舜臣将軍は巨済島玉浦湾で日本の船50隻のうち26隻を撃沈しこの海戦(玉浦海戦)を勝利に導き、その後の戦いに大きな影響を与えました。玉浦海戦での勝利を記念し李舜臣将軍の愛国精神を継承しようと玉浦大捷記念公園(オッポデチョプ・キニョンコンウォン)が1996年6月に造成されました。公園には記念館、祀堂、記念塔、玉浦楼などがあります。記念館には壬辰倭乱当時の亀甲船の模型、当時の朝鮮の大砲や刀などの武器、李舜臣将軍の遺物などが展示されています。祀堂には李舜臣将軍の肖像画があり、高さ30メートルの記念塔とその隣にある玉浦楼に上がれば周辺の海岸は言うまでもなく巨大な大宇造船所の姿までを見ることができます。公園を海側に下っていくと赤と白の防波堤がありその先には大宇造船所がありますが、近年観光客が増加し安全上の配慮から現在防波堤への出入は禁止されています。


全羅南道(海南郡 )

749年に建てられた美黄寺 (ミファンサ) は、南海の金剛山 (クムガンサン) と呼ばれている達摩山 (タルマサン ・ 489メートル) の西側、韓国にある寺院の中で最も南側に位置します。西海の見事な引き潮と秀麗な達摩山を背景にとても風情のある寺院です。位置的にも大きさ的にも、まるで後方の山麓に境内と本堂が座っているように見えるさまに安らぎが感じられます。特に本堂の礎には他ではなかなか見ることのない亀、蟹など海の生物が彫られており、日照りが続く時に掛けておいて雨乞いをすると雨を降らせてくれるという掛け仏 (宝物1342号) と本堂や應眞殿 (ウンジンジョン) の中の壁と天井に描かれた18世紀の壁画、應眞殿と冥府殿 (ミョンブジョン) 内に祀られた菩薩、羅漢、童子、神将像などの彫刻をじっくり見てみるのも興味深いでしょう。


慶尚南道(南海郡 )

尚州銀砂ビーチ(サンジュ・ウンモレビチ)は、冬には訓練にやって来る運動選手、春や秋にはクラブ活動をする学生たち、夏には海水浴を楽しむ人々で、四季を通じて人足の絶えない海水浴場です。特に夏には100万人の海水浴客が訪れるほどの人気。砂、海、森という3つの条件が整っており、海水浴には最適と言われています。その美しい砂浜は全長2キロ。ゆるやかな傾斜と水深も浅く、子供たちの水遊びにも向いており、特に家族連れに人気があります。海水浴場の後方には日の出で有名な錦山(クムサン)があり、朝早く錦山の菩提庵で日の出を見てから海水浴を楽しみ、夕方になれば浜辺の向かい側にある木島と石島で海釣りを楽しむこともできます。白い砂浜のそばにはキャンプ場もあるほか、海水浴場の周辺には商店街と宿泊施設も整っています。


蔚山広域市(蔚州郡)

岩や大きな岩壁、洞窟の中の壁面などに彫る、削る、漆を塗りつけるなどの技法を使い描かれた絵を岩刻画(アムガッカ)といいます。 岩刻画は、旧石器時代後期の遺跡でも発見されましたが、典型的な事例は新石器時代および青銅器時代の遺跡から主に発見されます。大部分の岩刻画の場合、豊穣や多産を祈願する祭儀の様子が描かれていると解釈されています。ここの岩刻画は、上部に鹿をはじめとする数種類の動物と様々な幾何学模様が刻まれており、下部にはいくつかの銘文と人間、動物の姿などが刻まれています。描かれている事物の内容から、新石器時代から青銅器時代にかけて作られたもので、当時の豊穣儀式に関する内容が込められていると解釈されています。また、下部の騎馬行列や船による航海の様子、龍、馬、鹿、300あまりの銘文は、三国および統一新羅時代の人々が残したもので、新羅の人々は三国時代以降、この地を聖地として考えていたことがうかがい知れます。