大関嶺自然休養林
 
江原道(江陵市) ,
韓国一の松の森として有名な大関嶺自然休養林(テグァンリョン・チャヨンヒュヤンリム)は、高さ約17m、太さ約36mにもなる松の木々が生い茂っています。清らかな渓谷の水と青々と茂る緑が見事に調した空間の中に快適な宿所と便宜施設が備えられており、山林浴と共に安らかな休息の時間を楽しむことができます。野生花の庭園や黄土藁ぶき家屋、水車など普段はなかなか目にすることができない物もあり、家族連れやカップルに特に人気のあるスポットです。ただし、宿泊をする場合、休養林内には売店がないため、食料品や洗面道具などは事前にしっかりと用意してくる必要があります。宿泊施設は「森の中の家」と「山林文化休養館」の2つがあります。森の中の家は、部屋の大きさにより3万2千ウォン~11万ウォンの宿泊料金がかかり、山林文化休養館は5万ウォン~9万8千ウォンの宿泊料金がかかります。アクセス方法は、ソウル高速ターミナルまたは東ソウル総合ターミナルから江陵へ行くバスを利用します。江陵ターミナルを降り、於屹里方面行きの市内バスに乗り30分ほど行くと大関嶺自然休養林に到着します。

盆唐 オリンピックスポーツセンターのスケートリンク
 
京畿道(城南市)
京畿道 城南市 盆唐に位置する「 盆唐 (プンダン)オリンピックスポーツセンター」。こちらは総合体育施設として地下3階から地上5階までの規模を誇る室内アイスリンクです。フードコート及びサービス施設、多目的室内体育館、ジム、テコンドー場などがあり、その他にもゴルフ場、プールなど数多くの施設を設けています。最新の設備と氷質を備えている地下1階の室内スケートリンクは、オールシーズンで楽しめます。

屏山書院
 
慶尚北道(安東市 ) ,
屏山書院(ビョンサン ソウォン)は1613年に高名な儒学者である柳成龍(1542-1607)の学問と人格を慕う学者たちが共同で建てた学校で、彼をまつった位牌が安置されています。1863年には国王より書籍・土地・奴婢などを下賜され、国王から権威を認められた賜額書院となりました。1868年興宣大院君(1820-1898)が書院撤廃例を下したときもその対象から除外された全国47院、安東2院のうちのひとつです。書院の前には洛東江が流れ、その向こうにある屏山がまるで屏風のようにこの書院を囲んでいて絶景です。

ハスラ・アートワールド
 
江原道(江陵市)
ハスラアートワールドは、芸術家が作る芸術公園で、自然と文化が見事に調和し共存する総合芸術空間です。 「松の庭園」、「時間の広場」、「湿地庭園」、「田畑庭園」、「海の庭園」、「遊びの庭園」というテーマで作られた芸術公園は、自然へのダメージを最小化するために斜面や山の高さなど既存の自然条件をそのまま活かし、手作りで自然が最も美しく見えるように作られました。 また、ハスラアートワールドは遊びを通して学習ができる場所です。「コルクルリ美術館」では、子供も大人も楽しめる教育プログラムと遊びがあります。「着る美術」、「食べる美術」、「動く美術」などの独自に作られた頭脳開発プログラムがあり、また「遊びの庭園」と「時間の広場」では遊びと楽しさを通し創意力を育むことができます。

巨済島 海金剛
 
慶尚南道(巨濟市 ) ,
巨済海金剛(コジェヘクムガン)は巨済島一番の観光名所で、南海の金剛と呼ばれています。町から約500m離れた海上に位置する岩島であるここは環境汚染の少ない地域である閑麗海上国立公園に属し、美しい自然が満喫できるところです。島の形が葛の根が張った姿に似ており、その意味を表す「カルゴッ島」と呼ばれていましたが、韓国の名山・金剛山が海にあるという意味で海金剛の名前がより知られています。日月峯や獅子岩(サジャバウィ)から眺める日の出と日の入りが美しいことで知られているほか、東西の長さが100メートル、南北が180メートルにもなる洞窟・十字洞窟(シプジャドングル)も有名な観光地。船が90度回転し洞窟を抜ける時に空を見ると、十文字に見えることからこの名前がつけられており、昔ソンビ(士人)たちが帆船に乗ってここでどぶろくの杯を傾けながら詩に詠んだと言われる場所でもあります。この他にも彌勒岩や燭台岩、また1300年余りの荒波にも強く生き抜いてきた海金剛の守り神である松の木などもあり、時間と自然が作り出した作品を満喫できる場所です。

江華郷校
 
仁川(江華郡)
1127年(仁宗5)3月に賢儒の位牌を安置、位牌を祀り地方の人の教育のために高麗山の南方に郷校が建てられました。1232年(高宗19)に現在の甲串里に移されましたが、蒙古軍の侵攻により再び西島面に移されました。その後、江華郡へと移され、1624年(仁祖2)に江華留守(地方官)の沈悅が松岳山(現在の北山)の横に復元しました。1629年には江華府尹の李安訥(イ・アンヌル)が明倫堂を設立し、1688年(粛宗14)に留守の閔蓍重(ミン・シジュン)が 南門の近くに移しました。1731年(栄祖7)には、留守の兪拓基(ユ・チョッキ)が現在の位置に移し、1766年に留守の李溵(イ・ウン)が修復すると同時に小東門の外にあった碑石を現在の位置へ移しました。京畿道の文化財資料第72号に指定されており、大正殿、明倫堂の東廡、西廡、祭器庫、厨房などが現存しています。前面5間、側面3間の切妻屋根から成る大正殿には五聖、十八賢の位牌が安置されています。朝鮮時代には国家から田畑や労賃・典籍などの支給を受け、教官が教育を行いましたが、現在は教育は行われておらず、春や秋に釈奠、1日・15日に焼香を行い、1名の典校と数名の掌議が運営を行っています。

張起呂記念館
 
釜山広域市(東区) ,
張起呂記念館博士は韓国のシュバイツァーと呼ばれ、医療保険のはじまりである「青十字医療保険組合」を東区地域に設立しました。2013年に開館した張起呂記念館は生涯を貧しい人たちのために捧げた張起呂博士の意思を称えるための記念館です。

砂時計公園
 
江原道(江陵市)
砂時計公園は正東津の東海と山に挟まれるような場所に位置し、公園の真ん中には公園のシンボルである巨大な砂時計があります。また砂時計公園は目の前の正東津海水浴場につながっています。 正東津砂時計公園は1999年江陵市とサムスン電子が新しい千年を記念するために総事業費12億8千万ウォンをかけて造られました。砂時計公園中の砂時計は直径8.06メートル、幅3.20メートル、重さ40トン、砂の重さ8トンで世界最大の砂時計であり、時計中にある砂が全部下に落ちるのにちょうど1年かかります。 都市が明けた1月1日00:00に時計の上下を変えまた新しい1年を数え始めます。 この巨大砂時計が腰がくびれた形の一般的な砂時計ではなく丸い形であるのは、時間の無限性と東海から浮び上がる太陽を象徴し、時計の下に敷かれた汽車のレールは永遠の時間の流れを意味しています。

金山寺
 
全羅北道(金堤市 ) ,
母岳山道立公園入口にそびえたつ金山寺(クムサンサ)は、百済の法王元年(599年)に創建された寺院です。776年に真表律師が改築し、大回廊を持つ寺となりました。境内には国宝第62号に指定されている弥勒殿をはじめとし、指定文化財10点余りを所蔵しており、またその他にも付属建造物が多いのでこの地方一の古刹に数えられ、木造の弥勒殿は、韓国で唯一の三層法幢で、内部が繋がった構造をしています。春には山の入口から金山寺まで続く桜並木の壮観を楽しむため各地から観光客が訪れ、また真冬には信者たちが弥勒殿にある弥勒菩薩像を拝むために参拝したり、塔を見学したりする姿を目にします。弥勒殿の弥勒菩薩像は、屋内に置かれている仏像としては世界最大級といわれており、三尊仏の中では弥勒菩薩像が11.82メートル、左右の仏像は8.8メートルもの大きさです。1999年に開山1400周年を向かえたことを記念して作られた記念館では、各種文化行事が行われています。

剛庵書芸館
 
全羅北道(全州市 ) ,
芸郷 全州の雰囲気を味わいたいということであれば「全州市剛庵書芸館」に訪れてみると良いでしょう。全州を象徴する豊南門から慶基殿を経て東側に梧木台、郷校、寒碧堂などが続いている校洞の全州川沿いに1995年にオープンした「全州市剛庵書芸館」は、芸術を愛する人々の足が絶えることがありません。この地で生まれた書道界の巨匠である強庵 宋成鏞の意を汲んで建てられたこの書芸館には、1162点にも及ぶ書道作品が展示されている韓国で唯一の書道作品のみを扱った展示館です。また、剛庵書芸館から200m程北に行ったところには、東学運動を記念する東学革命記念館が建てられ東学運動の様子を垣間見ることができます、