天冠寺
 
全羅南道(長興郡 ) ,
「天冠寺(チョングァンサ)」は、全羅南道長興郡にある天冠山の中腹に位置する寺院です。正確な創建年は不明ですが、新羅時代に通霊和尚が建てたと伝えられています。以前は華厳寺と呼ばれ、89の庵子を従え、1,000人余りの僧侶が集まって修道したといいます。廃刹されたものを1963年に極楽宝殿を再建し、寮舍棟や鐘閣などを設け、天冠寺としました。 天冠寺には宝物第795号に指定された三層石塔、全羅南道有形文化財第134号の天冠寺石燈と全羅南道有形文化財第135号の五層石塔、文化財資料196号の塔山寺址石燈など、数多くの文化遺跡が残っています。また、天冠山は奇岩怪石とともに春は赤いツバキ、秋は山全体を覆うススキで有名な他、多島海の風景と調和したすばらしい景観を見に多くの人々が訪れる場所です。

楮旨オルム(タクムルオルム・セオルム)
 
済州道(済州市 ) ,
楮旨オルムは山上の噴火口を中心に前後左右の赦免や傾斜、距離が均等なため丸い山体をしています。周囲約900メートル、深さ約60メートル程の非常に急な山上噴火口を持っている火山体です。山道斜面には雑木が生え、噴火口の中には落葉樹林と常緑樹林がうっそうとしているため火口への接近は難しいと言われています。 ※2007年第8回美しい森全国大会で生命賞を受賞

ポスコ歴史館
 
慶尚北道(浦項市 ) ,
浦項の象徴、POSCOの過去と未来 韓国の鉄鋼産業の歴史は、韓国の飛躍的な経済発展期と時を同じくします。 ポスコ(POSCO)歴史館では単なる一企業の足跡を越え、浦項の発展、そして韓国の産業の発展の姿を垣間見ることができます。 展示は紀元前4,000年前の鉄器時代から始まりスケールも幅も広く、中でも何もない土地に浦項製鉄所を建設するためぽつんと建てられた建設事務所、その姿が砂漠の狐と恐れられたドイツのロンメル将軍の司令部を思い起こさせることから通称ロンメルハウスと名づけられた建物は細部に至るまで考証し当時の面影そのままに再現され歴史館内に展示されています。  

清平湖畔メウンタン村
 
京畿道(加平郡)
1943年に国民観光地に指定された清平湖畔は、自然景観が美しい加平の代表的な名所で、メウンタン(魚のピリ辛鍋)やヘムルタン(海鮮鍋)、山菜定食などの郷土料理もここで味わうことができます。

安興チンパンマウル
 
江原道(橫城郡 ) ,
安興チンパンマウルは、1998年から1つ2つとチンパンの店が増え始め、現在では約15軒以上のチンパンのお店がずらりと並んでいます。泰岐山を源として、講林・寧越へと流れる酒泉江があることにより、安興チンパンマウルではチンパンを熟成するのに最適な湿度が保たれています。 質の良い小豆を使用し、昔から伝わる製造方法で作られる安興チンパンはおかあさんの優しい味を思い出させてくれるでしょう。安興チンパンはあんこの甘みが程よく、もっちりとしたパンの食感が特徴です。 また、毎年10月頃には安興チンパン祭りが開催されます。

南海扁柏自然休養林
 
慶尚南道(南海郡 ) ,
遠く広がる美しい南海と、空へ向けてそびえ立つ扁柏の森に囲まれた南海扁柏自然休養林は、家族連れの利用客が多く、生い茂る扁柏林の中で森林浴を楽しむことができます。扁柏の森は、強いフィトンチッドにより蚊やハエなどの害虫がいないのが特徴です。休養林の入口から1時間ほどの所にある展望台からは、閑麗海上国立公園の島々と錦山が調和する美しい風景が堪能できます。

一東チェイル硫黄温泉
 
京畿道(抱川市 )
一東(イルトン)チェイル温泉(オンチョン)は、温泉の多い抱川郡の温泉地域にあります。地下800~1,000mから汲み上げた温泉水は、優れた水質でソウルと京仁地域の利用客が好んで訪れる所です。特に一東と二東地域は、二東カルビの名所であり、温泉地域から近い白雲山や広徳山、清溪山、雲岳山などを訪れる登山客と羅山ゴルフ場、一東レイクなどのゴルフ場利用客まで温泉地域を訪れ、大変人気を集めています。一東チェイル温泉の温泉水は、リウマチ、成人病、糖尿、高血圧、神経痛、婦人病、関節炎、各種皮膚疾患に効果があることで知られています。

石南寺
 
慶尚南道(南海郡 ) ,
「石南寺(ソッナムサ)」は、迦智山または石眼山という山の南方にあることから石南寺と呼ばれるようになったと伝えられています。1200年前の新羅、憲徳王16年(824年)に道義という僧により創建されました。以来、何度も修復を重ねましたが壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の際に焼失し、1674年に再建、1803年に修造されました。その後1957年以降に建物を一新。棟数は全部で30棟余りもあり、大韓仏教曹渓宗の傘下80社中、聞慶鳳巌寺とともに宗立特別禅院として広く知られています。 韓国の南宗禅の元祖である道義僧は37年間にわたる中国での修行を終えて帰郷しましたが、彼の革新的な理念は祖国では受け入れられませんでした。そのため雪嶽山にある陳田寺へ入り弟子を育てながらその時を待ち、迦智山へ降りてきて建てたお寺が石南寺です。ここは尼僧の修道所として多くの尼僧たちが修行をしています。またここにある3層石塔は824年に道義が国家の平安を願って造ったもので、もともと大雄殿の前にあったものを現在の場所に移しました。お寺の境内には道義の仏寺(宝物369号)、3層釈迦舎利塔、3層石塔(地方有形文化財 第5号)、石南寺水水槽(文化財資料 第4号)などが保存されています。

慶州南山
 
慶尚北道(慶州市 ) ,
南山は慶州市の南側にそびえる山で、新羅の人々の信仰の対象でした。金鰲峰(468m)と高位峰(494m)の二つの峰から流れ落ちる、40の渓谷と山脈でなる南山は南北8km、東西4kmと、南北に長く伸びた楕円形で、少し南側にかたよった頂上でなり、直角三角形の山です。 100ヶ所の寺跡、80の石仏、60の石塔が点在する南山は屋根のない博物館です。 南山には40の谷があり、新羅の聖地である西南山、弥勒窟・塔窟・釈迦無二窟などたくさんの岩の中に埋まった仏様がいる東南山にわけられます。 南山の西にある蘿井(ナヂョン)は新羅の初代王である、朴赫居世の誕生神話が宿る場所で、陽山斎は新羅建国以前の徐羅伐(ソラボル)にあった始祖を祭った祠です。 鮑石亭は新羅千年の幕を閉じた悲劇の場所です。東南山には韓国の美と慈悲でいっぱいの菩提寺の石仏座像、9mの高さの四角の岩に塔や仏像などを彫った佛無寺の釈迦無二岩、アーチ型に掘った穴の中の釈迦無二窟の石仏座像などがあります。南山には弥勒窟(菩提寺)の石仏座像、龍蔵寺址の三層石塔、七佛庵の磨崖石仏をはじめとした12の宝物、鮑石址、蘿井や三陵をはじめとした12の史跡、三陵窟の磨崖観音菩薩像、入窟石仏、薬水谷の磨崖立像をはじめとした9つの地方有形文化財、1つの重要民俗資料があります。 南山は遺跡だけでなく、自然の景観もすばらしいところです。たくさんの渓谷、奇岩怪石、そしてたくさんの登山道があります。南山が最高だと言う人は「南山に登らなければ、慶州に来たとは言えない」と話します。自然の美しさ、新羅の歴史、新羅の人々の美意識と宗教意識が芸術として昇華したところがここ南山です。

無量寺
 
忠清南道(扶余郡 ) ,
扶余で一番大きな寺である無量寺(ムリャンサ)は、忠清南道扶余郡万寿山のふもとに位置している寺です。寺の周辺にある山林は鬱蒼としており、水がたっぷりと流れ巨刹の面貌を保っています。無量寺の極楽殿は2階建てで、極楽殿には釋迦佛画が置かれていますが、これは朝鮮の仁祖(朝鮮第16代王╱在位1623~1649)の時に造られた仏画で、色彩が非常に鮮明に描かれています。