慶熙宮 崇政殿(경희궁 숭정전)
 
ソウル(中区)
崇政殿(スンジョンジョン)は元々、慶熙宮(キョンヒグン)の正殿であった建物です。 慶熙宮は元来、朝鮮時代の第16代の王・仁祖(インジョ・1595~1649年)の実父で第14代の王・元宗(ウォンジョン・1580~1619年)の私邸であった場所でした。 崇政殿は、1910年日帝が慶熙宮を壊し日本人の子弟のための学校・京城中学校を設立した際にも残されました。 その後の1926年にソウル中心部の南山(ナムサン)の麓・筆洞(ピルドン)、現在の東国(トングク)大学校の場所で曹渓寺(チョゲサ)の本殿として使うため、移築されました。 日本の植民地支配から解放された1945年の光復(クァンボク)後、東国大学校設立に伴い、1976年9月、現在の位置に再び移築されました。現在は仏教の儀礼を行えるよう内部が造り変えられています。

三陟 濬慶墓(삼척 준경묘)
 
江原道(三陟市) ,
「濬慶墓(チュンギョンミョ)」は、三陟市 未老面 活耆里にある朝鮮1代目王の太祖の5代祖の墓で、陽茂将軍の墓として1899年に永慶墓と共に修築され祭閣と碑閣が建てられました。特に、周辺には青々とした松林が広がっており、森林浴を楽しむのにも最適で、近くには観光農園もあります。毎年4月20日には全州李氏の一族により祭祀が執り行われます。

東北空心墩(동북공심돈)
 
京畿道(水原市)
京畿道(キョンギド)水原市(スウォンシ)八達区(パルダルグ)梅香洞(メヒャンドン)にある蒼龍門(チャンニョンムン)のそばに建つ東北空心墩(トンブクコンシムドン)は、非常時に備え城郭周囲の敵の動きを監視するため造られた望楼で、水原華城の城郭で最初に登場した楼閣です。 1796(正祖20)年、高さ5.42m、周囲38mの規模で完成した東北空心墩でしたが、韓国戦争(1950~1953年・休戦)中に完全に破壊され、1975年になりようやく復元されました。 水原華城には東北空心墩以外にも西北空心墩、南空心墩という楼閣もあります。東北空心墩は軍事的な要衝地であるばりでなく、水原華城にある建築物のうち、唯一円形をしており、希少性が高いものとなっています。 巨大な丸い円の形で、内部には韓国語でソラ、日本語で言えばサザエの殻のような形となった螺旋状になった煉瓦造りの階段があり最上部まで上がることができます。その形から別名・ソラ閣、つまりサザエ閣とも言われています。 最上階まで上がると水原華城全体が大変よく眺められます。

線路の森&火の庭園(철길숲 & 불의정원)
 
慶尚北道(浦項市 ) ,
およそ100年もの間、鉄道が走っていた慶尚北道(キョンサンプクド)浦項市(ポハンシ)南区(ナムグ)の孝子(ヒョジャ)駅と旧・浦項駅間の4.3kmの区間。2015年、浦項駅はKTX(高速鉄道)開通に合わせて新たにつくられた新・浦項駅に移転、旧・浦項駅と孝子駅間は新線切り替えにより廃線となりました。 廃線となった線路は住宅街を突っ切る形で敷かれていましたが、廃線後、都会の中の森がある公園として再生、線路の森として生まれ変わりました。 線路の森にはウォールファウンテン、音楽噴水、スチールアート作品などさまざまな造景施設が設けされ、訪れる人々の視線を集めているとともに、未来志向型の都市再生及びエコ生態都市造成のモデルケースとしても注目を集めています。 また、火の庭園は、線路の森の造成工事中に井戸掘削をしていたところ地下200mから天然ガスが噴出したことから、これに火をつけ他にはないユニークな公園として、この火の庭園を造成することとなりました。当初はすぐに消えてしまうものと思われましたが、炎は消えることなく燃え続け現在に至っています。

大田先史博物館(대전선사박물관)
 
大田広域市(儒城区) ,
大田先史博物館は 当地唯一の先史時代専門博物館で、大田広域市初の市立博物館です。1997年に発掘された老隠洞(ノウンドン)遺跡地(記念物第38号)内にある大田先史博物館には「老隠先史文化館」をはじめ大田市のあらゆる先史文化を垣間見ることができる旧石器時代から鉄器時代に至るまでのすべてで5つの展示室があります。また野外体験場や体験資料室もあり、児童・生徒のための学習スペースとしてもおすすめの場所です。行政、科学、そして観光都市として暮らしやすい大田は先史時代から先祖がその生活の基盤として暮らしてきた歴史と文化の都市でもあります。

原州江原監営 (원주 강원감영)
 
江原道(原州市)
江原監営(カンウォン・カミョン)は江原道(カンウォンド)原州市(ウォンジュシ)にある朝鮮時代の史跡地で、2002年3月9日に史跡第439号に指定されました。監営とは朝鮮時代に各道の観察史が政務を行っていた庁舎のことで、江原監営は朝鮮時代である1395年に原州に設置されました。原州・全州(チョンジュ)・平壌(ピョンヤン)以外の地域の監営は、所在地が1ヶ所に留まらなかったことや都市化などで本来の形態が分かりづらい状態になっています。江原監営は当時の建物である宣化堂(ソンファダン)や布政楼(ポジョンヌ / 江原道有形文化財第3号)、青雲堂(チョンウンダン)が残っています。2000年に江陵大学博物館で発掘調査を実施したところ、江原監営以前の原州牧(ウォンジュモク)官衙(クァンア / 役人が政務を行った場所)の建物跡や関連遺構が比較的良い状態で残っていることが分かり、官衙の建物の研究にとって貴重な資料となっています。

星州ハンゲ村(성주 한개마을)
 
慶尚北道(星州郡 ) ,
星州ハンゲ村は星山李氏が代々住んできた典型的な同姓村落です。朝鮮第4代国王の世宗大王の時に晋州牧師李友(イ・ウ)が住み始めて村を形成しました。現在は月峰(ウォルボン)李廷賢(イ・ジョンヒョン)の子孫達が集姓村を形成して住んでいる村です。村には地方文化財に指定されている9棟を中心に保存状態の良い伝統韓屋が残っています。

韓国近現代史博物館(한국근현대사박물관)
 
京畿道(坡州市 ) ,
大韓民国の20世紀文化は大変大きな変動を経験しました、日本に統治権を奪われた1910年から40年代、苦難の6.25戦争が起こった1950年代、「いい暮らしを目指そう」という一念で全国民が一致団結した1970~80年代まで、次第にその時代のことを忘れてしまうのではないかという懸念から、2005年に30年間収集した様々な収集品約7万点をヘイリ村に移し、この博物館を開館しました。 入口から昔の懐かしい匂いが漂う韓国近現代史博物館は地下1階、地上3階建ての建物で、各フロアごとにそれぞれ異なる時代のとある街並みを丸ごと再現した韓国初の近現代史を振り返るテーマ博物館です。

潭陽 メタプロバンス(담양 메타프로방스)
 
全羅南道(潭陽郡 ) ,
メタプロバンスは、年間約500万人の観光客が訪れる全羅南道(チョルラナムド)潭陽(タミャン)に作られた観光団地で、休養地として有名なフランスのプロバンス地方を模して造られた異国情緒あふれる場所です。すぐそばには大韓民国で最も美しい並木道と名高い潭陽メタセコイアキルもあります。 メタプロバンスは、個人でのご旅行の方をはじめ、家族連れ、お友達同士でのご旅行におすすめなファッション通り、デザイン工房や体験館、商業施設、そして宴会場など、文化や芸術、ショッピングが共存する開かれたスペースとなっています。 メタプロバンスは、他にはない多種多様な素晴らしいサービスで、かけがえのないひと時や思い出作りを楽しんでいただけるよう、皆様をお迎えいたします。

インドン化石博物館(인동화석박물관)
 
慶尚北道(金泉市 ) ,
慶尚北道、金泉に2010年6月19日にオープンした東洋最大規模の化石博物館である「インドン化石博物館」は、室内外の展示室に隕石、花、果物、動物、木、貝などの化石だけでなく、今まで見ることすらできなかった最大化石やさまざまな化石、柱状節理(主に溶岩が固まってできた化石で断面が長い六角形または三角形で長い柱の形をしているもの)他にも水中生態館、モンゴル体験館、貴重な寿石や庭園石など多様な見どころがあります。 化石は、インドネシア、マレーシア、中国、ブラジルなどを始め世界各国で発掘されたもので、その中に600トンにおよぶ柱状節理や長さ55mの木の化石が展示され、地域の観光名所となることが期待されています。 この「インドン化石博物館」は、野外展示場もあり化石を単純に目で楽しむだけでなく、実際に触って体験できるようになっています。またすべての建築物は、木材を使用しているため自然にやさしく観覧客が気軽に過ごせるように配慮され、池をはさんだ庭園の横にはお茶を飲みながら話ができるスペースが用意され、さらに良い環境になっています。