天冠山道立公園
 
全羅南道(長興郡 ) ,
天冠山道立公園は全羅南道の長興郡、冠山邑と大德邑の境にある天冠山(723m)を中心に広がっており空を突くようにそびえ立つ奇岩怪石と素晴らしい自然風景により1998年に指定された道立公園です。天冠山は智異山、內藏山、月出山、內辺山とともに湖南の5大名山に選ばれています。山全体が岩に覆われており変わった形をした岩や峰々が並んでそびえ立ち、まるで天使の冠のように見えることから天冠山といいます。山の頂上からは南海の多島海が目の前に広がり、北には月出山と光州の無等山はもちろん、天気の良い時には済州道の漢拏山まで見ることができます。また、頂上付近には広々としたススキ畑が広がっており毎年秋になると頂上のヨンデ峰(ススキ平原)にて‘天冠山ススキ祭り’が開かれます。

三年山城
 
忠清北道(報恩郡 ) ,
報恩は、隣接している槐山エリアと同じく山地が多いエリアです。三国時代の角逐の場だった忠清北道には、比較的山城が多く、その中でも韓国で一番立派な山城と言われているのが、この三年山城です。三年山城は、新羅慈悲麻立干13年(470)に建て始め、わずか3年で城を完成したことからその名がついたと言われています。その後、 炤知麻立干8年(486)にシルチュク将軍が、3千人を動員して改築したという記録が残っています。新羅が、西北地方で勢力を拡大するのに一番重要な前哨基地だったと考えられており、三国統一戦争の際、太宗武烈王(654~661、在位)が、唐の国使臣王文度をここで迎えたと言います。高麗太祖王建(918~943,在位)が、この城を占領しようとして大敗した場所です。韓国の一番代表的な石垣山城として評価されており、城の周りの長さは、約1.7㎞で、城壁の高さは13m、幅は8~10mです。この城には、西門•北門•東門跡があり、城壁のところどころには、曲城があり韓国の古代建築城法研究において非常に重要視されています。城内には、アマジと言う巨大な池があり、この周辺の岩壁には、玉筆、有似岩、アマジなどの字が刻まれていますが、金生の筆記体だと考えられています。

江村遊園地
 
江原道(春川市) ,
江村(カンチョン)は江原道春川市を流れる北漢江にそってひろがっている村です。村の前には北漢江、村の後には烽火山と三岳山があるため景色も最高。村の入口には江村駅があるためアクセスもよく、静かな田舎の村へ汽車で向かおうという若者に人気で、十数年前から若者のレジャー地域として有名になりました。川辺にはキャンピングスペース、ユースホステル、民宿などの宿泊施設と、サイクリングロード、サバイバルゲーム、バンジージャンプなどレジャー施設があります。最近では電動自転車を準備しているレンタル店もあるので、体力に自信のない人に喜ばれています。サイクリングコースとして人気があるのは九谷瀑布までのコース。九谷瀑布の入場チケット売り場まで行ってチケットを購入して、駐輪場に自転車をとめ九谷瀑布までは歩きます。人気のコースなので、村からここまでは迷うことなくいけます。所要時間およそ20分のなだらかな道です。九谷瀑布は約67メートルの滝で、夏には避暑を求めて、冬には凍結した滝をクライミングしようと、たくさんの人が訪れます。

孫良源牧師殉教記念館
 
全羅南道(麗水市 ) ,
「孫良源牧師殉教記念館(ソンヤンウォンモクサスンギョギニョムグァン)」は1994年3月、孫良源牧師を称えるため全羅南道の麗水市栗村面に開館しました。 孫良源牧師はハンセン病患者のための療養所だった麗水愛養院に設置された愛養院教会で、救護活動と信仰活動をおこない、1940年神社参拝を拒否し麗水警察署に拘禁されました。その後朝鮮戦争時に北朝鮮軍によって銃殺され亡くなりました。 1階展示室には孫良源牧師の写真と遺品をはじめとするキリスト教関連の写真や書道作品があり、2階展示室には孫良源牧師の獄中書信と古書などが展示されています。

注山池
 
慶尚北道(青松郡 ) ,
青松郡 府東面 梨田里にある注山池(チュサンジ)は、約270年前につくられた長さ100m、幅50m、水深7.8mというそれほど大きくない貯水池です。貯水池の周辺に生息する樹齢約150年のコウライシダレヤナギが穏やかで静かな雰囲気をかもし出しています。また、ここから渓谷に沿ってピョルバウィ(岩)まで続く登山路も美しい景観を誇ります。特に、キム・ギドク監督の映画『春夏秋冬そして春』の中で、現実世界とは思えないほどのまるで風景画のような美しい注山池の四季が撮影されてからはここを訪ねる人々が急増しています。

丹陽赤城
 
忠清北道(丹陽郡 ) ,
*三国時代の戦略的な要衝の地、赤城山城* 丹陽城在山にある石を積んで造られた山城で、1979年8月1日に史跡第265号に指定されました。周囲が約900mで大部分が崩壊されてしまい、北東側の内側の一部のみ残っています。城門は南西側、東側、南東側に3ヶ所で発見されました。城内には赤城碑があります。高麗軍が占領していたものを新羅軍が奪い、北進製作の前哨基地を構築した場所です。  *赤城山城の歴史的の意義* 1978年、城内で赤城碑が発見され、これによると新羅と高句麗の勢力関係の変動を知ることができます。碑石以外に三国時代の土器の破片と瓦の破片も発見され、高麗時代の遺物もあり、高麗後期まで今日の丹陽地方を治めてきた邑城の役目をしてきたことがわかります。城内には新羅および百済の土器のかけらや高麗朝の青磁のかけらなども発見されました。築城方法がとてもしっかりしており、新羅の築城術を研究するのに貴重な資料として評価されています。

李承晩の別荘(高城)(이승만별장
 
江原道(高城郡) ,
江原道高城郡花津浦には、昔の政治家の別荘である「金日成の別荘」、「李承晩の別荘(高城)」、「李起鵬の別荘」が並んでいます。韓国の初代大統領である李承晩が滞在した「李承晩の別荘」は、1954年に建てられ、1961年には廃墟となっていましたが、1997年7月から陸軍が建て直し、1999年に展示館として復元されました。 李承晩の別荘は素朴で単純なつくりですが、別荘から眺める景色は3つの別荘の中でもっとも美しいといわれています。

大静郷校
 
済州道(西帰浦市)
「大静郷校(テジョンヒャンギョ)」は1416年(太宗16)、賢儒の位牌を奉安するとともに地方民の教育と教化を目的として大静県城内に創建されました。1653年(孝宗4)に現在の場所に移され、1772年(英祖48)には明倫堂、1834年(憲宗1)には大成殿が再建されました。現存する建物としては大成殿・明倫堂・東斎・西斎・内三門などがあります。 朝鮮時代には国から土地や典籍、労賃などを受けて教生(儒生)を教えていましたが、甲午改革以降は新学制実施によって教育機能は消え、現在は祭祀機能のみが残っています。 大静郷校は1971年8月に済州特別自治道有形文化財第4号に指定され、1948年4月からは文明学院を併設・運営しています。所蔵典籍には『大静郷校節目』など18種37冊があり、儒教経典の集註類が主流となっています。

登仙瀑布
 
江原道(春川市)
ソウルから北に80km、春川から西南方面に10kmの所にあるある登仙瀑布(渓谷)はソウル、仁川、京畿道に住んでいる人たちの日帰り観光コースに適しています。

国立生態院
 
忠清南道(舒川郡 ) ,
国立生態院は自然環境の保存と国民の幸福追求権間の持続可能な均衡を模索するために設立された国家機関です。エコリウムは熱帯、温帯、地中海、極地など多様な生態系を体験することができ、湿地生態系をはじめ野外生態空間では多様な生態体験と教育が行われています。