京畿道(坡州市 ) , 坡州(ヘイリ村)

臨津閣(イムジンガク)広場前の望拝壇(マンベダン)後方にある橋・自由の橋(チャユエタリ)。 1953年、韓国戦争(1950~1953年・休戦)で捕虜となった1万2,773人がこの橋を渡り南側へ帰還したことから、「自由の橋」と言われています。 元々ソウルと新義州(シニジュ)を結ぶ京義線(キョンイソン)の鉄橋で、上下それぞれ1本ずつの橋がありましたが、韓国戦争中の爆撃により破壊され、橋脚のみ残っている状態でした。 北に捕らえられた戦争捕虜を帰還させるため、臨津江(イムジンガン)下流(西)側の下り線にあった橋の橋脚に橋桁を架け、橋板を置いて復旧させ、この仮設の橋を完成させました。 当時、捕虜らは車で京義線のこの橋の北端までやってきて、歩いてこの橋を渡って南側へ戻ってきたといいます。 自由の橋は全長83m、幅4.5m、高さおよそ8mの規模を誇る橋です。 自由の橋は当時、木材を組んで造りましたが、特に荷重がかかる部分は鉄材も使いながら造りました。 仮設の橋であったため、建築的観点からはあまり素晴らしい点はありませんが、「自由への帰還」という象徴的な意味において、韓国戦争を代表する戦争遺産と言えるべき橋です。 以前は外国人向け板門店(パンムンジョム)ツアーのバスがこの橋を通過して板門店に向かうなどしていましたが、現在では再び鉄道橋として復活し、線路が敷設され、川向こうの都羅山(トラサン)駅まで行くことができます。


京畿道(抱川市 )

天然記念物第537号に指定されているピドゥルギナン瀑布は柱状節理と清流が美しい滝です。神秘的な雰囲気があり、様々な時代劇やドラマのロケに使われています。玄武岩が侵食されてできた峡谷で、仏舞(プルム)山から流れる仏舞川の末端部に位置しています。ピドゥルギナン(鳩の嚢)という名前は、周囲の地形が鳩の巣のように丸くぽっかりと空いた袋状の地形をしていることから付いたという説と、昔から鳩が滝周辺の洞窟に生息していたことから付いたという説があります。なお、雨が激しい日は滝までの道が通行禁止となります。


 
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仁川(中区) , 仁川市街地

Gabae Chagwan (咖啡茶館)インチョン・チャイナタウン店 ― 手作りミルクティーとレトロ空間が織りなす韓国旅の新定番 韓国旅行で「ひと味違うカフェ体験」をお探しなら、Gabae Chagwan(咖啡茶館)インチョン・チャイナタウン店が断然おすすめです。 歴史ある開港街・チャイナタウンの中心、鮮やかなネオン、提灯の灯り、異国情緒漂う通りで、唯一の“手作りブレンド・ミルクティー”専門店として訪れる価値があります。 クラフトティーの魅力と、こだわり空間 ここのミルクティーは、葉っぱを丁寧に淹れ、独自に設計されたブレンド技術で仕上げられています。粉末やシロップに頼らず、香り高く、心地よく、なめらかな飲み口が特徴です。入り口には中国式看板「咖啡茶館」が掲げられ、チャイナタウンを歩く観光客にもひと目でわかるランドマークとなっています。店内はレトロ風インテリアで統一され、まるで昔の香港カフェに迷い込んだかのような雰囲気です。さらに、焼きたての香港スタイル・エッグタルトも人気です。 パイ生地のサクッと感と濃厚なカスタードの組み合わせが絶妙で、ミルクティーとの相性も抜群。観光途中の絶好のスイーツ休憩にぴったりです。ミルクティーだけでなく、コーヒー、抹茶ドリンク、バブルミルクティー、黒糖バブルアイスクリームなど多彩なメニューも用意。旅行者の“新しい味わい発見”の期待にも応えます。そして注目したいのが、パッケージデザイン。カップやアイスクリーム容器には「寿」マークや古典模様をモダンにアレンジしたデザインを採用。SNS映えするフォトアイテムとしても大人気です。       おすすめメニュー(チャイナタウン店限定) ・手作りブレンド・ミルクティー 300 mlカップ/450 mlボトル(甘さは各ブレンドにより設定されています) • アールグレイミルクティー(中甘め) • 香港式コンデンスミルクティー(濃厚) • 台湾式黒糖ミルクティー(甘み強め) • アッサムミルクティー(甘さ控えめ) • バブルミルクティー(珍珠奶茶) すべてのブレンドがタピオカ入 りに変更可能。※甘さの調整は不可。 • Gabaeクリーム東遠英(咖啡奶茶) 香港風コーヒーミルクティーに、特製アールグレイクリームをトッピング。 • ハウス・メイド・エッグタルト 単品または4個/6個入りボックスでテイクアウト可。 • 1人用タルト&ミルクティーセット 香港カフェ風のカップで楽しむミルクティー+エッグタルトの組合せ。 • 黒糖バブルアイスクリーム(黑糖珍珠冰淇淋) 黒糖シロップに漬けたタピオカとプレミアムアイスクリーム。 • DIYミルクティーキット(アールグレイ/アッサム) 1.5 L分(5〜6杯分)+レシピブック付き。甘さを好みに調整可能。旅行者のお土産にも最適       ご利用前にお知らせ • 店外からの食べ物はご遠慮ください。 • 店内ご利用時は1人1ドリンクのご注文をお願いしています(お子様含む)。 • 営業時間は変動する場合があります。最新情報は店頭にてご確認ください。 観光旅行者向けアドバイス 1. 看板「咖啡茶館」を目印に訪れてください。 2. 午後2~4時頃の来店が席もスムーズでおすすめ。 3. 香港式コンデンスミルクティー+温かいエッグタルトは必食コンビ。 4. “寿”デザインのカップを手に撮影すれば、旅行の印象がさらに深まります。 5. 軽荷物+モバイルバッテリー持参で安心。 6. 食後は中華街ゲート、開港博物館、壁画通りなどを散策して、仁川旅の魅力を続けてください。 韓国旅行・仁川散策の新たな名所 Gabae Chagwan(咖啡茶館)インチョン・チャイナタウン店は、味わい、文化、デザインが融合した、旅人にとって特別な体験を提供します。ただカフェに立ち寄るだけでなく、旅の記憶に残る「美味しい瞬間」をぜひここで生み出してください。


京畿道(城南市)

香美火炉はウェルビーンフードであるウナギの炭火焼きとメウンタン(魚の辛味鍋)の専門店です。 国内産の唐辛子粉、ニンニク、ネギ、玉ネギなど14種類の材料を20日間熟成して作ったタレで焼き上げたウナギが一押しです。肉厚で柔らかいウナギの淡白な味は一品で、伝統のコチュジャンとたっぷりの野菜を煮たメウンタン(魚の辛味鍋)のさっぱりとしたピリ辛のスープは最高です。ウナギとナマズを直接手でさばいて調理する事が、新鮮で最高の味を提供する秘訣です。


忠清南道(泰安郡 )

瓜入りテナガダコ鍋(パッソク・ミルクク・ナクチタン)は、ワタリガニの醤油漬け(コッケジャン)、ケッククチ(熟成させたワタリガニの醤油漬けにキムチ、野菜、海産物を入れたキムチチゲ)、干しクロソイの塩辛スープ(ウロク・チョックッチゲ)と共に、泰安を代表する郷土料理として有名です。瓜入りテナガダコ鍋は、瓜と野菜をふんだんに使って煮込んだスープにテナガダコを入れ、さっと茹でれば完成です。食後にはスープにすいとん(スジェビ)や手打ち麺(カルグクス)を入れて食べます。


江原道(江陵市)

ラブリーモーテルペンションは鏡浦(キョンポ)海岸から徒歩で15分の距離にあります。 地上5階建てで全44室の客室を擁します。客室内で炊事可能な部屋はペンション型家族ルームですべてで4室あります。客室はオーシャンビューとシティビューの部屋があり、利用客の予約状況によりお選びいただけることもあります。 最近、内装リモデリングを行い、より快適な施設となりました。 地下1階にある広々としたレストランでは朝食をサービスしており、団体ご利用時には事前予約頂ければ食事の提供も可能で、またセミナーやワークショップの空間としてもご利用いただけます。 正面玄関は階段となっていますが、お体の不自由な方のための車いすリフトを設置しています。鏡浦海岸や鏡浦台(キョンポデ)へは歩いて行ける距離で、バス停も近くにあり、公共交通機関をご利用の方にも大変便利です。


ソウル(鍾路区) , 市庁・光化門

釜のふたのような鉄板で、醤油の味付けやコチュジャンのタレを入れて油で炒めたトッポッキが有名な「元祖ハルモニトッポッキ」です。


ソウル(龍山区)

梨泰院(イテウォン)市場は、知る人ぞ知る掘り出し物いっぱいの穴場的存在の市場で、南大門市場のように数多くの衣類ファッションを取り扱っています。 特に外国人観光客が多く訪れるエリアであることから、ユニークな商品が多いのも特徴です。 主に外国人向けのビッグサイズの衣類や靴のラインナップが充実しており、韓国の伝統工芸品なども数多く販売されています。


慶尚南道(泗川市 )

泗川項で北西へ4㎞の海上にあり、近くに馬島・勒島などがあります。地名の由来については島にヒメコウゾが多くて楮島といったという説もあり、島の形が鶏に似ていて「タルクソム」と呼んでいたのがタクソムに変音し、また漢字で表記して楮島になったという説もあります。


忠清南道(瑞山市 )

海美殉教聖地は1866年の丙寅教獄以降、1882年までの間に行われた天主教迫害の時に忠清道の各地で捕らえられた天主教信者1,000人余りが生き埋めにされたところです。 当時天主教の信者たちは海美邑城西門外の石橋で拷問後処刑されていたのですが、あまりに信者の数が多かったために海美川に大きな穴を掘り生き埋めにされたといわれています。 海美川前に生き埋めされた名前のない殉教者たちの魂を弔うため、高さ16mの海美殉教塔が建てられています。 当時、死を目前にした天主教の信者たちが「イエスマリア」と言いながら祈りを捧げていたのを村の住民が「ヨスモリ」と聞き間違えたことから、この場所を「ヨスッコル」と呼ぶようになったと伝えられています。