仁川(中区) , 仁川市街地

セントロホテルの前には仁川旅客ターミナルがあり、仁川周辺の島に移動する観光客に人気があります。仁川の観光地には月尾島公園、仁川開港地、遊覧船や、新鮮な海産物がいっぱいの蘇莱浦口や舞衣島、松島などが挙げられます。また、生きた教科書と呼ばれる江華島は、子供を連れて旅行に行くのにおすすめです。


済州道(西帰浦市)

韓国で最も早く春が訪れる済州島では、2月末から黄色の菜の花が咲き始めます。春の間中済州島全域を黄色に染めるこの美しい菜の花をテーマにした祭りが4月初めに開かれます。毎年数多くの観光客が訪れる済州島の代表的な祭りの一つで、様々な体験イベントや公演も開かれます。


忠清南道()

全義駅は1905年1月に開業し、現在の駅舎の建物は1941年4月に新しく建てられた木造スラブ型で日本の建築様式が用いられており、2005年に改築されました。 全義駅という駅名は、1905年の開業当時からこの地名の全義面からとったものを使用しており、全義李氏がこの場所に定着したことから使われることになったと知られています。


全羅南道(麗水市 )

ソウル-麗水間のフライト時間は1時間、済州-麗水間は45分かかります。麗水空港では2004年11月25日より新滑走路を使用し、航空機運航の定時性確保、欠航率減少および中型機就航でさらに便利に航空交通サービスを提供できるようになりました。 参考ページ:麗水空港  


江原道(東海市)

江原道東海市に位置したモーテルニスは、東海市役所に接しているのでアクセス性が非常に良い。 ロビーに入ると、広いフロントが目に入り、客室はやや広くてきれいな方で安らかにお泊りできる。 すべての客室にはインターネット専用線が設置されており、休憩室でも共同PC施設があって、ビジネスにも便利に利用することができる。 韓暹海水浴場が近くにあり、また車で10分の距離には墨湖灯台があって観光地としても遜色がない。


全羅北道(茂朱郡 )

全羅北道茂朱に位置した茂朱イリスモーテルは茂朱ターミナルから徒歩5分のところにあり、アクセスしやすく九千洞渓谷、茂朱リゾートなどと接しているので夏休みのシーズンや冬のスキーシーズンに利用客が多いところだ。 かなりの規模の5階の建物はモーテルでありながら、一般観光ホテルに劣らず素敵で眺めも良い。 客室はベッドとオンドルと区分されており、内部が広く、きれいだ。 客室ごとに什器や備品がきちんと備わっているので利用しやすく寝具はいつもきれいに整頓されて快適なお休みの空間を提供する。 バスタブがあるお風呂場も広いので利用しやすく、毎年初夏に開かれる茂朱ホタル祭り場とも近く祭り期間にも利用するにも最適な良い場所である。


全羅南道(潭陽郡 )

全羅南道潭陽生態村後山里に位置する「鳴玉軒苑林」は朝鮮時代に呉希道(1583~1623)が暮らしていた家の庭園です。また、彼の四男である呉以井(1619~1655)が父の跡を継ぎここで書を読み多くの著述を残した別荘の地でもあります。庭園の中に「鳴玉軒」を建て、前に四角の池を造り、周囲に花の木を植えるなど景観が美しいことからその名が知られています。鳴玉軒はこじんまりとしたあずまやで、教育を受けさせるために建てられた建物であり、ここの水が流れる音が玉がぶつかりあって鳴る音のようであることから名付けられました。池の周囲には赤松とサルスベリなどが植えられており、池の上の小川のほとりには「鳴玉軒癸丑」の字が彫られた岩が目に留まります。鳴玉軒苑林の右方には「後山里銀杏の木」あるいは仁祖大王繋が馬杏と呼ばれる銀杏の木があります。樹齢300年以上の古木で仁祖(在位1623~1649)が王になる前に全国を回る中で呉希道を見つけ、ここに来た際に乗ってきた馬をつないでおいた所と言われています。鳴玉軒苑林は「瀟灑園」に次ぐ美しい民間庭園として、2009年に名勝第58号に指定されました。


全羅北道(任実郡 )

韓国チーズ産業のメッカ・任実で開かれる「任実Nチーズ祭り(イムシルNチジュチュッチェ)」は、任実チーズの歴史と、そのすばらしさを広めるため、任実チーズテーマパークと任実チーズ村一帯で開催されます。お祭り会場では任実郡で生産された新鮮な乳製品や地域の農業特産物を購入することもできます。


江原道(平昌郡) , 平昌

真如院という名前を持つ上院寺は、月精寺から北側に8kmほど離れた所にあります。上院寺は、新羅善徳女王12年(643年)に慈藏法師(590~658)が月精寺と一緒に建てたという説と、新羅31代の王である神文王(在位681~692)の息子達である宝川と孝明によって作られたという説があります。聖徳王4年(705年)に再建されましたが、1946年に焼失し、1947年に新たに建てられました。今は鐘閣だけ残っており、建物は韓国独立の後にまた造られたものです。現在残っている遺物の中には、銅鐘(国宝36号)と文殊童子像、上院寺を作りかえるために朝鮮7代の王である世祖(在位1455_1468)が直接書いた重創勤善文があります。上院寺入口には、世祖が入浴する際に冠帯をかけておいたことから「冠帯かけ」と呼ばれる所があります。また世祖と文殊菩薩の伝説がある文殊童子像があります。国宝第221号に指定されており、正確な名称は上院寺文殊木彫童子座像です。上院寺には文殊童子像のほかにも有名な上院寺銅鐘があります。上院寺銅鐘は新羅聖徳王24年(725年)に鋳造された、高さ1.67m、直径91cmの鐘です。鐘が響かせる澄んだ音と繊細に陽刻された奏楽飛天像が有名ですが、今は鐘を保護するために鳴らすことはできません。上院寺から五台山毘盧峰方向から寂滅宝宮に至る中間には中台庵があります。南西2キロメートル地点には庵がありますが、ここが漢江の発源地と言える隅統水という泉があります。寂滅宝宮は新羅の慈蔵律師が中国の王朝である 唐からもたらした釈迦の整骨舍利を祀ったところです。