ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

正読図書館はソウル市鐘路区北村に位置する、旧京畿高等学校の跡に1977年1月に開館された、ソウル市立公共図書館です。約49万冊の蔵書と16,300点の非図書資料を所蔵しています。附設ソウル教育資料館には、12,000点の教育資料があります。 正読図書館はソウル市民に最新情報を提供し、市民の教養と学習を支援しながら、文化の発展と生涯教育に貢献しています。図書の貸し出し、資料室・閲覧室の利用以外にも作家さんの講演会、写真展、読書会、人形劇、音楽会、ダンス公演などの文化プログラムを毎月行っています。 また、経済・科学・社会などのテーマを扱った教育、図書館の視聴覚室での映画上映(毎週3回(火・木・日曜日))など、図書館の利用が一層楽しくなるイベントもいっぱいです。


ソウル(江南区) , 江南・三成(COEX)

「プルコギブラザーズ」はホテル並みの高級インテリアに、ロマンチックなジャズミュージック、洗練された照明ライトに快適な雰囲気の中、食事が楽しめる新しいタイプの韓食レストランです。 光陽風や彦陽風など地域の特色を活かしたプルコギメニューや韓牛ロースを使った伝統的で良質な韓国風焼肉の他、冷麺やビビンバ、チゲなど充実したメニューが人気を集めています。さらに、13種類の伝統酒が置かれており、韓国料理にぴったりのお酒を堪能することもできます。    


ソウル(瑞草区) , 江南・三成(COEX)

イムビョンジュ山洞カルグクスでは新鮮な材料と自家製麺で作られた料理を味わうことができます。        


ソウル(中区)

約50年前、現在の奨忠洞豚足通りから少し離れたところにマンジョンビルという建物があり、そこに2軒の豚足店がオープンしてから、奨忠洞豚足店の歴史は始まりました。その2軒の豚足店は現在も豚足通りで営業しています。最初にオープンした店では当初、豚足は出していませんでした。ピンデトク(緑豆チヂミ)と餃子をメインメニューとしていましたが、安くてお腹を満たすものが食べたいというお客の要望に応え、店の主人が子どものころを思い出しながら豚足を出すようになりました。このように始まった奨忠洞の豚足は、70年代後半と80年代初めにかけて人気を博し、現在の豚足通りに豚足店が続々できました。こうして形成されたのが奨忠洞豚足通りです。


ソウル(広津区) , ソウル東部

阿且山城(アチャサンソン)は六角形で全周1キロほどで渓谷を抱きかかえたような形になっています。海抜200mの山の頂上から漢江に向かって東南に築城されており、漢江と周辺の景色を一望できるスポットととして人気。城の名称は、朝鮮太祖(1392~1398在位)が阿旦(アダン)を阿且(アチャ)に直し、阿且城と呼ぶようになったという経緯があり、長漢城、広壮城とも呼ばれています。この城は三国時代(4C-7C)の戦略要衝地として、高句麗・百済・新羅が熾烈な領土争いを通して奪い奪われる激戦を繰り広げた所。このような戦闘の中で百済・蓋鹵王(455~475在位)は、高句麗・長壽王(413~491在位)が送った大軍によって陥落した後ここで弑逆され、また高句麗・温達将軍は590年、新羅軍と戦う中戦死した所として歴史的な意義が大きいとされています。今では自然公園として造成され、登山道(1,500m)、バドミントン場、相撲場、洋弓場、アドベンチャー遊び施設、ベンチ、八角亭などが整備され、市民たちの憩いの場となっています。


ソウル(中区) , 明洞

1981年にオープンした「トゥムセラミョン(TEUMSAE)」は、激辛卵餅入りラーメンが有名なお店です。


ソウル(中区) , 明洞

ジューシーな肉厚のサムギョプサルとキムチなど、韓国でしか味わえない焼肉が堪能できます。この他にも鍋、チヂミ、麺類などメニューも充実しています。


ソウル(鍾路区)

MIBO(ミボ)ジュエリーは、ネックレス、リング、イヤリングなどを販売する貴金属店です。 店内には、金銀のほかルビー、サファイア、真珠など、各種宝石類を取り揃えています。 この店の一番人気製品はダイヤモンドで、最高の品質で顧客満足を目指し、有名宝石ブランドRexの正規ダイヤモンドのみを販売しています。 その中でも、ダイヤモンドリングの販売が最も高く、他にも高級時計、純金製の指輪やネックレスなどが主に販売されています。 さらに、好みのデザインでリング、ネックレスなどのオーダーが可能で、ユニークで個性的な製品が購入できます。


ソウル(松坡区) , 蚕室(ロッテワールド)

蚕室観光(チャムシル・クァングァン)ホテル


ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

昌徳宮の正殿です。ここは王の即位式や臣下による賀礼式、外国使節との接見式など、国家の重要な行事が行われ他場所です。 現在の建物は純祖4年(1804年)に復旧したもので、朝鮮時代末期の建築様式が採用されています。 * 정면 5칸, 측면 4칸, 2층 팔작기와지붕