ソウル(中浪区)

1985年9月にオープンした上鳳ターミナルはソウル中浪区上鳳洞に位置する総合バスターミナルです。 東ソウル総合ターミナルとともに市外バス及び高速バスを利用することができ、ソウル江北地域の中心ターミナルの一つです。ソウル北部と江原道地域を運行しています。


京畿道(利川市)

利川エリア最大のランドマークとして知られるミランダホテル(MIRANDA HOTEL)は、地下1階、地上10階の本館、地上3階の別館など合わせて8千坪あまりのホテルと1万坪のスパプラス(ウォーターパーク、スパゾーン、チムジルバン)を有しています。室内プール、子ども用水遊びプール、イベント湯など、家族で楽しめる施設だけでなく人工波、韓国最長・スリル満点のウォータースライダーなど、多彩な施設を誇り、さまざなま楽しみ方ができます。


大邱広域市(東区)

自然染色博物館は韓国で始めて開館されました。天然の材料を利用して自然染色の遺物と道具、繊維関連の民俗資料の展示と自然染色芸術を創作した作品を見ることができ、様々な染色体験が可能です。1階のアウォンギャラリーは企画展示室で遺物再現品と自然染色の過程を紹介する企画展が開かれています。2階の遺物室は韓国の祖先達の息遣いを大切に保存してある各種繊維のアンティーク作品が展示されています。染色、刺繍、石鹸、組みひも、 針線などを利用した布や風呂敷、装身具、衣類、枕、布団など自然染色を中心とした遺物を見ることができます。博物館では訪問人数が10人以上になる場合、タオルやマフラー、Tシャツなどを染めることができる体験プログラムを運営しています。   


京畿道(富川市) , 富川

韓国の人々は、古代から弓を作り、弓の扱いに非常に長けていたとされています。古代から近代に至るまで繰り返されてきた数多くの戦争で、弓は重要な武器として重宝されてきました。富川弓博物館は、弓に込められた先祖の魂と知恵を未来に伝えることを目的に建設されました。 文化財としての価値と重要性が認められ、1971年重要無形文化財第47号に指定、弓師匠として保護されてきた国弓は、今日まで富川市素砂区深谷本洞を中心に5代にかけて160年以上その伝統が脈々と受け継がれてきました。 展示館には弓や弓矢、火車など国弓に関する各種品物や遺物が展示されています。韓国特有の弓に込められた先祖の魂と知恵を伺い知れる機会となります。


慶尚北道(蔚珍郡 )

蔚珍郡にある徳邱温泉(トック・オンチョン)は、温泉水が自然に湧き出るだけでなく、應峰山や徳邱渓谷、仙女湯などの見所も備えた地域にあります。600年程前に発見された徳邱温泉の温泉水は、神経痛やリウマチ、筋肉痛、皮膚疾患に効果があることで知られています。 ここでは、温泉に入りながら周辺の山々や渓谷、動植物も見ることができ、家族でゆっくりと過ごせる場所となっています。関連ページ:ココロとカラダを癒す韓国の温泉旅行 (伝統温泉)


全羅北道(扶安郡 )

格浦海水浴場(キョッポヘビョン)は、全羅北道 扶安郡 辺山面 格浦里にある海水浴場で、辺山半島国立公園に属しています。彩石江の絶景を間近で見ることができ、干満の差が激しくないため水が澄んでいます。大川海水浴場、万里浦海水浴場と共に西海岸の3大海水浴場として数えられています。格浦海岸へは扶安邑から直行バスで40分、全州市からは1時間40分、金堤からは約1時間の距離にあります。


仁川(甕津郡)

仁川広域市の北西14km、江華島から南側に5km離れた場所にある島で、面積6.92㎢で海岸は全長16.1kmです。「信島」という地名は、ここに住んでいた住民たちが誠実で純朴だという意味から由来しています。塩を生産しているため、真塩とも呼ばれています。クボン山の頂上からも永宗島など黄海の島々を一目で見下ろせます。また1992年に矢島まで長さ579mの連島橋が設置されました。 島の北側と南側には2つの山地が立っていて、南西部に大きな湾入があり、島の周囲を広く干潟地が囲んでいます。境地面積が比較的広く、住民の大部分が農業を営んでいます。海辺にはハゼや貝などが多くとれ、糖度が高い葡萄が栽培されています。東側に坪村、南西側に皐南里、南西側海岸に九老池などの村がありますが、全て基地漁業を営んでいます。 矢島・茅島とともにカラシラサギやウミネコなど稀少な種類の生息地として知られています。


慶尚南道(南海郡 )

標高1,209mの神仏山(シンブルサン)は北側の1,083mの肝月山(カンウォルサン)とともに1983年11月3日に蔚州郡の郡立公園に指定されました。山の東側は絶壁をなしており、奇岩怪石が屹立しています。この山は四季を通して景色が美しいため、嶺南アルプスと呼ばれています。


慶尚北道(高霊郡 )

高霊大伽倻遺跡地(コリョン・テガヤユジョクチ)はソウルから約4時間のところにある高霊郡全域に広がっています。大伽倻は1世紀頃、韓半島の南側の落東江下流地方で生じ、520年間(A.D.42~562)繁榮して独自の文化を形成しました。しかし、その後6世紀以後に衰退し、一部は新羅(57 B.C.~A.D. 935)に、一部は 百済(18 B.C.~A.D. 660)に吸収されたため忘れられた部族国家となりました。新羅真興王(在位540~576)23年(AD562)に大伽倻郡となり、景德王(在位742~765)16年(AD757)に大伽倻郡から高霊郡へと名前が変わったということです。ここでは、韓国最古の殉葬墓(死んだ人のために多くの人を一緒に生き埋めにすること)である地山洞古墳群、大伽倻王陵展示館、先史時代の代表的な遺跡地である良田洞の岩刻画(宝物第605号)など、さまざまな文化財を見ることができます。 


全羅南道(康津郡 )

康津郡大口面一帯は韓国の中世美術を代表する高麗青磁の生産地です。1963年に史跡第68号に指定された高麗青磁陶窯址は9世紀から14世紀までの約500年間、青磁を生産していた場所で9つの村に約180ヶ所に窯があり、18万余坪を文化財保護区域として指定して管理しています。 高麗時代に青磁を生産していた場所として康津と扶安などがありますが、全国的に現在まで発見された400余基の昔の窯の大部分は康津にあります。その中でも沙堂里は製作技術の絶頂期にいたる時期に青磁を生産していた地域で、韓国の国宝や宝物として指定されている青磁の80%遺産がここで生産されたほど、この技法の優秀性と芸術的価値は世界的に認められており、フランスのルーブル美術館にも保管されています。