ソマ美術館
 
ソウル(松坡区) ,
ソウルオリンピック内にあるソマ美術館は、約3,300㎡の広さに地上2階の美術館と広い彫刻公園を背景にした複合文化芸術空間です。木材を利用した環境にやさしくモダンな感覚の建物で、室内は5つの展示室とビデオアートホールからなっています。特色あるテーマの彫刻公園には世界の優れた彫刻家たちの作品・204点と8点の造形物が展示されています。新しく披露されたソマ美術館はテーマ別に再構成された彫刻公園とさまざまな形態の展示室、ドローイングセンター、美術教育のためのスタジオ、イベントのための多目的室、そして多様な施設を備えています。一年中さまざまな展示会を開催しており、芸術アカデミーや青少年・大人のための美術教育プログラムを運営する一方で、映画の上映会や子どもの日のイベント、夜間の開館、展示説明会など多彩な文化イベントを行っています。

汝矣島公園
 
5.0/2
ソウル(永登浦区)
汝矣島公園(ヨイドコンウォン)は、ソウルの中心・汝矣島に作られた大きな公園。アスファルトで舗装されているため自転車やローラースケートを楽しむところとして知られていましたが、1997年から1999年の2月までにおよぶ工事を経て緑地が造成され、現在では都市の中にある大型緑地空間として、散策やスポーツ、文化イベントなどを楽しむ空間としてより多くの人々に親しまれるようになりました。 ここには韓国伝統の森、芝の広場、文化の広場、自然生態の森などテーマ別の公園があり、韓国の伝統の樹木だけが植えられている韓国伝統の森には、池や八角亭、小道が調和をなした落ち着きある韓国の庭園。芝の広場は低い丘の上の芝生と散策路が美しく、周辺には常緑樹や落葉樹などが植えられおり、四季折々の美しさも感じることができます。文化の広場は各種公演やイベントなどが開かれ、広場の周辺にはけやきが立ち並び、市民の憩いの場となっています。特に市民から親しまれている自然生態の森には、都心にありながらも自然を観察でき学習できる生態池や森があり、湿地、水辺、草地の森でさまざまな生物を観察することができます。 また国会議事堂の裏側にある土手沿いの道はソウルで最もきれいな桜の通りとして有名で、樹齢が30~40年になる桜並木が約6kmにも及び、春には花見客で賑わいます。      

ソウル(京釜/嶺東)高速バスターミナル
 
ソウル(瑞草区)
1981年10月にオープンしたソウル高速バスターミナルは瑞草区盤浦洞に位置しており、地下鉄3、7、9号線「高速ターミナル駅」とつ連結されています。 主要運行路線は京釜線、邱馬線、嶺東線です。ターミナル内には乗客のための様々な便宜施設が完備され、衣料専門の卸売り店やカーテン専門店街、生花卸売り商店街など、流通センターとしても利用されています。

ソウル駅
 
5.0/3
ソウル(中区)
1日平均10万人以上が利用する韓国の首都ソウルの関門とも言えるソウル駅(서울역)は、京釜線、KTX、セマウル号、ムグンファ号、ヌリロの始発駅です。また、空港鉄道を利用すると金浦空港、仁川空港まで行くことができます。2003年12月に完成した新しい駅舎には百貨店が入店しており、また近くには大型スーパーのロッテマートもあり、旅行とショッピングを一緒に楽しめます。

光化門広場
 
4.5/2
ソウル(鍾路区)
2009年8月1日、新しく整備された「光化門広場(クァンファムングァンジャン)」は、600年の歴史をもつソウルの中心通り「世宗路」を車両中心の通りから歩行者中心の空間へと変わりました。景福宮や北岳山など美しい自然環境が展望できる空間として、また世宗路の昔の姿である六曹通りの復元を通して、歴史、文化体験の空間として生まれ変わりました。 ソウル市鐘路区光化門から世宗路交差点や清渓広場に続く世宗路中央に長さ550メートル、幅34メートルで造られ、「光化門の歴史を回復する広場」や「六曹通りの風景を再現する広場」「韓国の代表広場」「市民達が参加する都市文化広場」「都心の中の広場」「清渓川連結部」などからなっています。 入口にある「光化門の歴史を回復する広場」には踏み石を再現しヘテ像を復元し、世宗炉公園周辺にある「六曹通りの風景を再現する広場」には漢陽の中心通りであった六曹通りの痕跡を再現し、これを形象化した縮小模型も設置されました。 世宗文化会館間にある「韓国の代表広場」には世宗大王の銅像を移転し、噴水を利用したウォータースクリーンを通してハングルを形象化し見せてくれます。 世宗文化会館とイ・スンシン将軍像の間の「市民達が参加する都市文化広場」には利用客のための施設や展示場、エレベーター、約束の場所など文化ギャラリーなどが入っています。イ・スンシン将軍像の周辺に造られた「都心の中の広場」には世宗路のシンボルであり、都市景観軸の中心地として蓮池と平面噴水などの施設を設置しました。 世宗路の交差点、清渓広場の間の「清渓川連結部」は清渓川と景福宮をつなぐ歩行ネットワークの連結軸としての役割を果たしています。 この他、地下鉄「景福宮(キョンボックン)駅」や「光化門(カンファムン)駅」で発生する地下湧出水を清渓川に流す「メモリアル水路」やイ・スンシン将軍像の後ろに地上と光化門駅をつなぎ、楽に広場を行き来できるように「サンクン広場」を造りました。 その他には合計10本の車道と歩道を利用し、規模に合わせて交通統制を行い中規模イベントの際には幅67メートル、大規模イベントの際には幅100メートルまで広がります。    

仁川空港 Spa On Air
 
仁川(中区)
長時間のフライトで疲れてゆっくりと休みたい方や、空港での待ち時間が長く、空港内で仮眠をとりたい時に利用できる場所です。スパやサウナ、睡眠室の他、マッサージを受ける方のための個室やカップルルーム、フットマッサージのための空間が備えられています。内部の中央にはソファーや飲み物のある広々としたラウンジがあります。  

北村韓屋村
 
5.0/3
ソウル(鍾路区)
昔から両班の村として知られていたこの場所は、全てが朝鮮時代の瓦ぶきの家で、上流階級の造りを大切に保存しています。 北村韓屋村(プクチョン・ハンオクマウル)は景福宮や昌徳宮、宗廟の間にある地域で、600年のソウルの歴史と共に歩んできた伝統居住地域です。巨大な二つの古宮の間に伝統韓屋群が密集しており、昔ながらの通りがそのまま保存されています。現在は伝統文化体験館や韓屋料理店などに活用されており、朝鮮時代の雰囲気を味わえる場所となっています。 苑西洞、斉洞、嘉会洞、仁寺洞から成るこの地域は、昔から清渓川と鐘路の北にあることから「北村」と呼ばれ、当時王室の高位官職や王族が居住していたことから高級住居地として有名です。.  

南山コル韓屋村
 
ソウル(中区)
1998年4月18日に開館した「南山コル韓屋村(ナムサンゴルハノクマウル)」は、総面積79,934平方メートル(24,180坪)の敷地内に、伝統韓屋5棟、伝統工芸展示館、泉雨閣、伝統庭園、タイムカプセル広場などがあります。1994年にソウル定都600周年記念事業の一環として作られたタイムカプセル広場と南山コルの趣を考慮して作られた伝統庭園、またソウルのあちこちに散っていた伝統家屋5棟を移転、復元した韓屋村から成っており、これは南山コルの本来の姿を蘇らせる事業の一環として作られたものです。 南山コル韓屋村の一番奥に位置するタイムカプセル広場には、ソウル市民の生活の様子を垣間見ることができる600個の品々がタイムカプセルに入れられて、地下15mに埋められています。このタイムカプセルは400年後の2394年に開けらる予定です。タイムカプセル広場に沿って下りてきた所に広がる伝統庭園は、南山の地形を活かし緩やかな丘陵地と渓谷を作り、松などが植えられ、楼閣と遠くに広がるソウル市内の景色を通してソウルの過去と現在の姿を感じることができます。 韓屋村にある韓屋は、民俗資料として指定されたソウル市内にある23の伝統家屋のうち、アレンジなどが加えられていない純粋な韓屋から、鍾路区三清洞の「五衛将・金春栄の旧屋」、鍾路区寛勲洞の「駙馬都尉・朴泳孝旧屋」、鍾路区玉仁洞の「純貞孝皇后尹氏の実家」、東大門区祭基洞の「海豊府院君・尹澤栄の斎室」、中区三角洞の「都辺首・李承業の旧屋」の5棟の韓屋を移転、復元したものです。これらのうち、建物の移転が困難なほど老朽化が進んでいた純貞孝皇后尹氏の実家のみ新しい資材を使用して復元をし、他の4棟は全て建物をひとつずつ分解して移転。また再利用が不可能な木材は雪嶽山の松の木で代替しました。 「純貞孝皇后尹氏の実家」では、韓国式礼儀作法の講習や工芸、「海豊府院君・尹澤栄の斎室」では書道や漢詩、絵画などの伝統文化の講義が行われます。「駙馬都・朴泳孝旧屋」では、韓国の舞踊やパンソリなどの伝統音楽の公演が行われ、「五衛将・金春栄の旧屋」では、伝統工芸や芸能の技術を伝承と普及を目的とした無形文化財の試演や公演が行われます。また、「都辺首・李承業の旧屋」は伝統茶屋として使用されています。また、工芸展示館では、民画、刺繍、螺鈿漆器などの作り方を再現し、各種工芸品も展示、販売されています。 *伝統家屋 1)五衛将・金春栄の旧屋 朝鮮時代末期、五衛将の官職にあった金春栄が1890年代に建てたもので、鍾路区三清洞から移転しました。重の軒に仕上げるなど、全体的に庶民住宅の様式を示していますが、内房(アンパン、母屋の主になる部屋)の外壁と、外の通りに面している部分の壁に煉瓦を積んで防火壁を組んでいるところが特徴です。 2)都辺首・李承業の旧屋 興宣大院君によって景福宮が改築された際、都辺首(大工の頭)を勤めた李承業が1860年代に建てた建物で、中区三角洞にあったものを移転しました。今は母屋(アンチェ)と舍廊房(サランチェ、サランチェ(客間)がある棟)だけが残っています。母屋は「丁」の字の形をしており、舍廊房は「ㄴ」の字の形をしています。前後の面の屋根の形が異なる形で作られているのが特徴的です。 3)海豊府院君・尹澤栄の斎室 朝鮮第27代王の純宗の義父である海豊府院君・尹澤栄が、娘の尹妃が東宮継妃になり、昌徳宮に入る時に建てたものです。東大門区祭基洞にあったものを移転し、全体の雰囲気は住宅用というよりは祭祀用にふさわしい造りになっています。 4)駙馬都尉・朴泳孝旧屋 ソウルの八大家のひとつに挙げられているこの家屋は、 朝鮮第25代王哲宗の後宮・淑儀范氏の娘・永恵翁主の夫である朴泳孝が住んだ家で、鍾路区寛勲洞にあったものを移転しました。開城(ケソン)を中心とする地方独自の作りをしており、ソウルでは珍しい形の住宅です。長台石を使用した基壇(建物の基礎となる壇)に7列の架構、6間の台所などから、当時の大家の面影を感じることができます。 5)純貞孝皇后尹氏の実家 朝鮮第27代王純宗の妃である純貞孝皇后尹氏が13歳で東宮継妃になるまで住んでいた家です。鍾路区玉仁洞にあったものですが、建物の老朽化がひどく移転が困難であったため、建築様式はそのままで復元したものです。長台石を使用した基壇(建物の基礎となる壇)、「井」の字形の窓、防火壁が設置されていることからも当時の上流層邸宅であったことが分かります。

加平レールバイク
 
5.0/1
京畿道(加平郡)
加平レールバイク乗り場を出発し、加平川鉄橋⇒北漢江鉄橋⇒ヌティナムトンネル⇒映画「手紙」のロケ地で有名な「京江駅」を通過する往復コースです。昔の線路に沿ってペダルを踏みながら、のどかな田んぼの風景や美しい川の流れを一望することができます。   

景福宮(キョンポックン)
 
ソウル(鍾路区)
景福宮(キョンボックン)はソウルの五大宮の一つで、朝鮮王朝(1392-1910)の正宮として600年の歴史があります。この宮は朝鮮の創始者である「太祖・李成桂(在位1392-1398)」が高麗の首都を移転した際、新しい王朝の宮殿として1395年に建てられたもの。ソウルの北にあるので「北闕」とも呼ばれています。景福宮は15万坪におよぶ広い敷地に長方形に作られ、南側には正門である光化門、東側には建春門、西側には迎秋門、北側には神武門があります。宮内には勤政殿をはじめ、交泰殿、慈慶殿、慶会楼、香遠亭などの殿閣があります。景福宮の正殿である勤政殿は公式的な儀式を行い、官僚たちの朝礼が行われていたところです。勤政殿の花崗岩を敷き詰めた庭には、道が通っています。道の真ん中は若干高く広いのですが、この道は王様が通る道でした。その両側の若干低い道は、文武官僚が通った道です。慈慶殿と交泰殿は、各々王の母と皇后の寝殿です。慈慶殿は十長生(長生不死を象徴する10種のもの)煙突と花塀が有名で、朝鮮時代に作られた最も美しい煙突として数えられ、宝物第810号に指定されています。交泰殿は王妃が個人的な日常生活をしていたところで、峨嵋山側の塀と後門が美しいことで有名です。景福宮の趣をさらに引き立てているのは、慶会楼と香遠亭です。慶会楼は国の慶事がある時や、外交使節を応接する時に宴会を催した所で、大きな人工池の上にあります。香遠亭は寝殿の裏側に位置する後苑空間で、慶会楼と同じく池を掘り真ん中に人工島を作って東屋を建てたものです。慶会楼に比べて女性的なのが特徴で、特に峨嵋山は、自然の地形と建物を調和させた、韓国の典型的な宮中後苑です。ほかにも王様の執務室であった思政殿、学者たちが本を読んだ図書室である修政殿などがあります。景福宮内には文化財もたくさんあります。全国各地に散らばっていたものを移してきた、敬天寺十層石塔(国宝第86号)、法泉寺智光国師玄妙塔(国宝第101号)などの国宝物や、自動時計を設置した報漏閣、天上時計と自動水時計を設置した欽敬閣などがあります。2015年は独立70周年を迎え、2015年3月1日に景福宮周辺(景福宮、孝子洞、青瓦台)周辺に「 太極旗の道」が完成しました。「 太極旗の道」には約240本の太極旗が掲げられており、2015年末まで見ることができます。