寿陀寺
 
江原道(洪川郡) ,
孔雀山は海抜887mの山で、韓国100大名山のひとつとしてあげられます。頂上からは洪川郡一帯がひと目で見渡すことができ、山勢が孔雀が羽を広げている姿に似ていることからその名が付けられました。また、洪川邑から見ると巨人が仰向けで横になっている姿にも見えます。春にはツツジ、秋には紅葉が美しく、奇岩絶壁と盆栽の形をした老松群落、雪の積もった冬の山も絶景です。寿陀寺から東面魯川里まで約12kmに渡る寿陀寺渓谷には広い岩盤と大きな沼が秘境をなしており、渓谷の両側には奇岩絶壁と生い茂った森が取り囲んでおり、ここで一息つけば知らず知らずのうちに孔雀山の秘境に魅了されていること間違いなしです。また、孔雀山のふもとに位置する千年古刹の寿陀山は新羅33代聖徳王3年(世紀708年)元曉大師により創建されたと伝えられ、大寂光殿の八作屋根と1364年に作られた銅鐘、三層石塔が保存されており、宝物第745号月印釈譜をはじめ、大寂光殿、梵鐘、後佛幀画、紅藕堂浮屠など数多くの文化財を所蔵する嶺西内陸最高の古刹と言えます。*主要文化財寿陀寺 大寂光殿(地方文化財17号)、月印釈譜(宝物745号)寿陀寺 銅鐘(宝物11-3号)、四天王像(有形文化財121号)三層石塔(文化財資料11号)、 紅藕堂浮屠(文化財資料15号)

徳項山
 
江原道(三陟市)
江原道三陟市新基面と下長面の間にある徳項山(トカンサン)は、高さ1,071mの山です。 東北側の大耳里にある幻仙窟と大耳窟一帯は、天然記念物第178号「三陟大耳里洞窟地帯」に指定・保護されています。また、洞窟の一帯は郡立公園となっており、重要民俗第221~223号にも指定されています。  

閑山島
 
慶尚南道(統営市 ) ,
閑麗海上国立公園の中心に位置する閑山島(ハンサンド)は、壬辰倭乱(文禄・慶長の役 1592-1598)初期、李舜臣将軍(1545~1598)が忠清、全羅、慶尚の3道の水軍を率いて、亀甲船を利用し大勝利を収めた所として歴史的意義の深いところ。16万坪の広い林に老赤松とともに椿の木が広がっており、その中に壬辰倭乱当時、5年の間戦闘を指揮した李舜臣将軍の作戦司令部だった制勝堂があり、5枚の忠武公記録画からその当時の様子を垣間見ることができるほか、兵営跡には物見やぐらの役割をした戍楼、兵士たちが弓矢の腕を磨いた閑山亭なども残っています。閑山島沖は環境汚染の影響を受けていない地域で、カキやマボヤ、ワカメ、真珠貝の養殖が活発に行われ観光客の人気を集めています。また、複雑なリアス式海岸は全国一で、釣り場としても有名です。

処容岩
 
慶尚南道(居昌郡 ) ,
処容岩(チョヨンアム)は、6坪ほどのとても小さな岩の島で、化け物を退治する効力があるという処容符籍(お守り)と関連する説話が伝わっています。また、「三国遺事」に記録されている処容郎の説話とも関係がある由緒深い岩です。 新羅第49代王の憲康王がこの地に遊びにやって来て水辺で休んでいたところ、昼間であるにも関わらず突然雲と濃い霧に覆われてしまい、道を見失ってしまいました。日官が東海の龍が不思議な変化をもたらしているため、良い行いをしてそれを解かなければならないと言いました。そこで王は、この近くに龍のための寺を建てるように命じると、雲と霧が晴れました。この寺というのが現在、蔚州郡青良面に址がある望海寺です。また、雲と霧に覆われた王が休んでいた水辺とされる場所は現在、開雲浦と呼ばれています。東海の龍の王は非常に喜び、王子7人を引き連れてやって来て踊りを踊り、音楽の演奏をしました。そのうちの1人の王子は王様について新羅の首都である慶州まで行き、国の政を助けたとされています。それが処容郎です。 王は処容に美しい女性を妻としてあてがい、級干という官職まで与え、王の側に置いておいた。しかし、美しい処容の妻を慕っていた疫神が人に化け、夜に忍び込み処容の妻の横で横になった。そんな様子を見ても処容は怒ることなく、歌を歌い、踊りを踊りながらその場を去った。そうするや疫神は処容の心の広さに感激し、今後は絶対に近づかないと誓ったとされています。この時、処容が歌った歌が有名な新羅郷歌の「処容歌」で、処容岩にもその歌詞が刻まれた碑石があります。 また、処容が踊った舞は重要無形文化財第39号に指定されています。 処容岩は、東海龍が7人の息子を引き連れて出てきた開雲浦聖地の岩であり、地方記念物第4号に指定されており、処容の説話と共に人々に知られています。

正南津 長興
 
全羅南道(長興郡 ) ,
 ソウルの光化門を中心に、真東には「正東津」があり、韓半島(朝鮮半島)北部の最も寒いところである中江鎮を一直線上に結んだ、真南の最も温かいところに「正南津」はあります。  全羅道の5大名山である天冠山やバンチョン文化村、東洋三大宝林寺、帝岩山のツツジ群、長興ダムのブルーベルトなど、長興の山、丘、海、河、湖が織りなす自然の景観は、私たちの心をほっと和ませてくれます。  正南津の近くの海岸周辺には三山里防波堤をはじめ、道立公園の天冠山や文学公園、映画「祭り」の撮影地でもある美しい日の出が昇るソドゥン島、海水温泉など見どころいっぱいです。  また、帝岩山のツツジ祭りやタイラギ(二枚貝)祭り、ハモ祭り、水祭り、ケメギ(魚捕り)体験行事、天冠山のススキ祭りなど、旅行を彩る祭りもたくさん催されています。 * 面積: 618㎢(農業地23%、林野66.5%、その他0.5%) * 行政区域: 3邑7面295里

光州坪村マウル
 
光州広域市(北区) ,
「坪村マウル(ピョンチョンマウル)」は、無等山の北側麓に位置するトンリム、タマン、ウソン、タッメという4つの自然村で形成されたこじんまりした静かな農村です。草の生い茂る野原があるなど自然豊かな村で、自然にやさしいウロンイサル(タニシ米/タニシ農法で栽培する無農薬の米)を栽培しています。また、村の中心を流れる楓岩川では、都心では見ることのできないホタルや無等山の象徴種である天然記念物330号のカワウソが生息しているなど、すばらしい自然生態系を維持しています。朝鮮時代には、粉青沙器が作られていた場所で、全羅南道の芸術魂を持つ地域でもあり、現在は村にある坪村陶芸工房が、その伝統を受け継いでいます。村には、食堂「ムドルキルシムト」や「ホタル民宿」などがあり、ここを訪れる人々や無等山探訪客の休息の場となっています。

聖水洞 ハンドメイドシューズ通り(성수동 수제화거리)
 
ソウル(城東区) ,
1970年代から、手作りで靴を作るお店が軒を連ねるようになり、ひとつの通りを形成するまでに至った聖水洞(ソンスドン)ハンドメイドシューズ(手作り靴・手製靴)通り。 現在、およそ350のハンドメードシューズ生産業者や約100軒ほどの下請加工会社、靴の原材料を供給する会社があり、また独特な雰囲気のカフェも続々オープンしています。 レトロな雰囲気が魅力で、デートコース、写真撮影にもおすすめの場所となっており、近年、ホットプレイスとして気人気急上昇のスポットです。

小毎勿島
 
慶尚南道(統営市 ) ,
韓(朝鮮)半島の端にある統営港から、船で1~2時間ほどで着く小毎勿島は、閑麗海上国立公園の景勝地。海岸絶壁の奇岩怪石と透明な青い海、そして映画やCMにもよく出てくる美しい灯台島は最高の絶景として指折りの所です。小毎勿島(ソメムルド)埠頭で降りて廃校と500~600年は経っている椿の林を過ぎ30分ほど山道を歩くと、島の頂上であるマンテ峰にたどり着きますが、ここは灯台島をはじめ、数多くの統営の島々と巨済海金剛が見下ろせる天然の展望台です。ここから見下ろす灯台島の全景は小毎勿島最高の展望スポットとなっています。また小毎勿島は日の出と日の入りをいずれも見ることができ、年末の最高の旅行地としても人気があります。小毎勿島一番の見所は「海金島」と呼ばれる灯台島です。のんびり歩いても20分かからないくらいの小さな島で、青々とした草原と丘の上の白い灯台はとても印象的です。ここの灯台は日帝植民地期(1910‐1945)に日本が軍事物資を載せ運送する船路を照らすためにたてられたものとのこと。小毎勿島から灯台島へ行く150メートル余りの道は、モーゼの奇跡と呼ばれる海割れ現象が起こる現場でもあります。1日に2回、引き潮のたびに水に浸かって分かれていた二つの島が砂利道でつながり一つになります。また10月末から11月初旬の灯台島は岩菊が満開になり、島全体が美しい光景を成し見物客でにぎわいます。